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    #ジャンルごちゃまぜ二次創作やオリジナル小説置き場(21禁)#

    ジャンルごちゃまぜ二次創作やオリジナル小説置き場(21禁)

    愛玩情史

    【ヨリドコロイド】捕食実況中継

    チャットで知り合った男に「こうするとすぐイケるんだ」って首を絞められて、そっから先の事は覚えてない。
    たぶんアタシは死んだんだと思う。
    ガッコはつまらないし親はうざいんで別にいいんだけどー、あの男だけはまぢ殺す。ホテル行ったのに結局金もらってないし!!

    とりま男を探す。見つからん。そんで鏡に映った自分の姿がばりきもい。ヒトの原形とどめてねー。
    メイクも出来んから、こうなりゃキモカワ目指すしかないっしょ。
    ハヤオ?アニメに出てくるオームみたいな体を引きずって、アタシは家に向かった。
    家っつっても安アパートだけど、もう表札変わってて別の人が住んでた。親、とっくに引っ越してるしwwうけるww

    で、気づいたんだけど、アパートの住人も大抵入れ替わってて、それで何か別の部屋からやたらいい匂い。
    甘いふんわりとした香りを嗅いでたら、段々アガってきて、階段をずるずる這って上に行った。
    匂いがどんどん強くなって、とある部屋の前でココダ!と思った。ドアの隙間から楽勝で中に入れた。
    つけっぱのパソの前で、プリン髪のイケメンが鼾かいて寝てた。
    部屋の壁にカレンダーがかかってて、今が平成何年か、はじめて知ってオドロキ。×年も経ってるとか。
    JK殺人事件って、普通にニュースになるよね。。。
    高須さんちの娘さんが変質者に首絞められて死にましたーって、近所で噂になったら、そりゃ親も失踪するわ。先立つ不孝をお許しください(棒
    自分の死亡記事ってちょっと興味あるけど、目の前にパソがあってもこのカラダじゃググれない。

    椅子で眠りこけているイケメンを見て、コレジャナイ。なんでかそう思った。その男をいったんスルーして、隣のキッチンに行った。
    よれよれのワイシャツを着たオッサンが後ろ向きで立ってて、鍋で味噌ラーメンみたいなのを作ってた。
    でも、いい匂いの正体は味噌じゃない。このオッサンの体から匂ってる。加齢臭?違う。とにかくうまそーな匂い。

    コレダ!!

    我ながらラリってんな。そのまま後ろから腰に齧りついてムシャムシャごっくん。リアルな話、イチヂクみたいな味がした。
    なんかなんとなく、アタシはこのために生まれ変わったんだなって思った。人を溶かして食うとか。ゲームで言うスライム?
    オッサンの腰は食われたところが凹んでSの形になってる。目と目が合うと、オッサンはギャッと悲鳴を上げた。
    「あ、あ!?何だ、……あ、が、こ、腰っ!?」
    オッサンは焦りまくって腰を押さえたけど、そんなんでキズがふさがったらバンソーコーは要らないっての。
    凹んだとこから一瞬でブシュッと血が噴き出して、アタシの顔面にかかった。久々に顔射(笑)
    その時アタシの頭の中にあったのは「モッタイナイ」ってフレーズだった。昔ばあちゃんが口を酸っぱくして言っていた言葉、前はピンとこなかったけど、今ならわかったきがすんの。
    あれほどキモいと思ってたオッサンが、今はやけによさげに見える。そんで床にこぼれたオッサンの血を、そのまんまにはしとけないって思った。
    こういうのが多分、モッタイナイって言うんだろう。

    「ん、じゅるるるうるるううううう」

    アタシは舌をすぼめてキッチンの床に零れたオッサンの血肉を啜った。まいう。舌にあまぁい味が伝わってとれびあーん。
    ……てか、舌?いつの間にか舌生えてるし、口も!?

    つかさぁ・・アタシ液体化して、床に這ってたはずなのに、いつの間にか目の位置高くなってる。あ、手足も生えてる!?
    これって。泥ってたはずの体、マッパだけど元の姿に戻ってんじゃん。凄くね?
    ハッ!きっと、オッサン食って栄養つけたからだ。ぱねぇ。肉!うめえええええ!!

    「どうしたんすか、係長?」
    悲鳴と物音に気づいたイケメンが、ふわ~と寝ぼけた声を上げて起きて来た。
    料理をしていたオッサンが床に倒れたので、火にかけっぱなしのラーメンの鍋から白い泡がぶくぶく溢れてた。
    イケメンはキッチンに入ってきて、アタシを見ると、「ひっ」と固まってた。
    「や、山本君、た、たすけてく……れ」
    オッサンがかたほーの手で腰を押さえて、もう片方の手をイケメンに向かって伸ばした。
    「ひぐああぎゃあああ、あああ!」
    イケメンはよくわかんない悲鳴をあげて、三秒で部屋を飛び出して行った。シケター

    アタシは、鍋の火を止めて。食べかけのオッサンを舌舐めずりして見つめた。横に倒れたオッサンの体を起こしてあげた。
    禿げかけのバーコード頭に皺のたるんだ顔。どー見てもキモイオヤジだ。そんでもアタシの食欲はおさまらなかった。
    「……ば、けも……の……」
    ぐはっ。テンプレな台詞。OBKとか。
    アイラインしくじってパンダ目になった時はよく言われたけど。今はすっぴんだし。
    噛み砕いた腰から内臓が漏れててかなりキてるんだけど、ピヨりながらもまだ暴れて頑張ってるのが愛しい。
    メッシャーな頭をぐりぐりしてあげたら、あったかい気持ちがわいてきて普通にこのオッサンを好きになってた。
    「てか、スライムっぽくね?このカラダ」
    ってガチで言葉が出たんで、やたらテンションあがった。
    だって、また人と話せるとは思わんかったし。ビバ自分!食べて栄養つけて、人間の形になれば喋れるんだ。初知り。
    「オッサンが悪いよぉ、そんなうまそーな匂い漂わせて。アタシじゃなくたって誰でも食らいつくと思うー」
    遠くからでもこんなにいい匂いがするんじゃ、アタシが食べなくても、そのうち他のヤツらに食われてた。だからアタシが悪いんじゃない。
    なんていうんだっけ、こーゆーの、ジコセイトウカっていうんだっけ?それでいーや。
    オッサンは顔面ブルーでガン見してる。まさかOBKが日本語喋るとは思わなかったって顔。
    「な、なんで……どうしてこん、こんな、ことを」
    ガクガクブルブルしながらつまらんことを聞いてくる。
    アタシだってわかんない。このオッサンみてるとたまらなく食欲でてくる。食べるって決めたんだから、そーする。そんだけ。
    他に理由なんてあんの?

    アタシはうすく笑って、オッサンの両ほっぺをがしっと掴んだ。
    「ひ、な、な、なにをす……んぐっ」
    くちびる奪っちゃったー。
    OBKになったとはいえ、いっぱしの裸のJKが目の前にいるのに、gdgd言ってんじゃねー。男は黙って勃起!
    味覚がやっぱ変わってんのかな、金でもくれなきゃオッサンの口なんてとーてーも吸えないって思ってたけど、唾液うまうま。
    「ん、じゅるるるる、りゅ、りゅう……ん、ぐっ、じゅるるっ」
    一度啜り始めたら、止まらんかった。マジハラヘリー。
    イケメンがマッポ連れてきたら困るし、なるはや食事を済まさないと。。って思いつつかっぱえびせん♪
    オッサンの肉の厚い唇を噛み噛みして、たっぷり舌を絡めてあげた。オッサンは恐怖で歯をガチガチさせてるマジうける。
    旦那(彼氏のことだお)にするみたいに、オッサンのシャツを優しく脱がした。ビリビリ破けばいいんだけど、オッサンは死に物狂いで抵抗してて、その反応がいちいち笑えたんで。
    「や、やめ……やめ、なさい」
    命令かよ。
    やめるわけないじゃん、こんな美味くて気持ちいいこと。
    口から舌を出して、今度は腰のくぼんだところを舐めてやった。とーぜんだけどオッサンは痛がる。
    「は、ぐげざびっ、だあああああ、あがああ!」
    傷口を舌でぐりぐりしたとたんに、みっともない悲鳴を上げる。色気ねーのー。
    なんかー、処女をめんどがるオトコの気持ちわかったかも。こっちはじっくり味わいたいのに、耳元で痛い痛いって騒がれると萎えるんだけど。
    でも殺してからだと鮮度落ちるよねぇ。さげぽよー。

    そだそだ。噛みつくんじゃなくて、溶かして吸ってやれば痛くないかも?

    教えてもらわなくてもやり方わかった。
    アタシは、自分の肌を溶かして、床についているオッサンの足をドロドロにして、口をストローみたいにして液体の中に漬けて、そんでチューチュー吸いまくった。
    噛みついた腰から出た血と、アタシの体液がまざってイチゴシェイクになってた。
    イチゴミルクシェイクマジうまい.甘くてとろけそー。オッサンは顔が青いままだけど、もう騒がなくなった。
    「どお?痛くないっしょ。もう噛んだりしないからね」
    オッサンはボーゼンとして、消えてしまった自分の足を見つめてた。
    自分のカラダがアタシのカラダとつながって、溶かされてくゲンジツってのを、イマイチ受け止めきれていないみたいだった。
    「あの、こ、これ、なんかその、と、溶けてるようなんですが、も、元には戻らないんでしょうか?」
    って、半泣きになってアタシを見るので、アゲアゲの笑顔で言ってあげた。
    「戻るわけないじゃーん。オッサンは今からアタシに吸収されてなくなっちゃうのです。終わり」
    オッサンはガーンって顔をして、それから口をぱくぱくさせていた。
    目から涙がだーっと出て来た時はさすがにかわいそうかなって思ってたけど、それよかマジうまいこの肉。ちゅるちゅるちゅる。

    でもなんか物足りない。それで思いついた。これ、ネットに上げたら神じゃね?

    「ぷはっ」
    アタシは液だまりから顔を離して、狭い部屋をぐるっと見まわした。
    「ねーねー、この部屋ってデジカメかなんかある?」
    オッサンは、キョドってアタシを見上げた。
    腰から下が溶けかかって、動きも亀ってきてるけど、まだ生きてるとかすげー。頭と心臓が無事なら、ニンゲンって意外と余裕?
    引き出し漁ったらデジカメあった。しかも充電ばっちり、あざまーす。握ったらぬくい。さっきまで使ってたぽい。
    「うぃー。じゃこっち向いて。RECREC」
    マッパでカメラを構えるアタシと、溶かされながらチキってるオッサンの図。これは流行る。
    素で忘れてたけど、死ぬ前は動画サイトにハマってたんだっけ。リアルエドゲインとかhhh

    「な、何を……?」
    「オッサンチョバビすぎ。ちゃけば、ネットに上げるの、これ。それ見てツボった人が米くれるのおもろいよー」
    アタシが神の称号を得るためにオッサンは犠牲になるのだ。ってそのままゃんけヮラ
    言葉の全部はイミフだったかも知れんけど、ひどいことされるのがわかったんだろう。
    「助けて下さい」
    って、オッサンは弱い声で助けを求めてた。汚いヒゲと涙まみれのその顔を、ズームアップした。
    鬼やば何これかわいい。普段からアタシらJKを馬鹿扱いして、身体しか見てなさそーなオッサンが、必死こいて助け求めてる。
    なーる、ヤンデレの気持ちよくわかったYO☆ドSだったんだアタシ。キュン死にしそう。

    「その顔うけるー。助けとかないわー。さっきのイケメンって部下?即行逃げたしヘタレだよね」
    「ど、どうして、こんなことを!私が何をしたとい、言うんですか!か、体を元に」
    うは。敬語モエス。
    ローソクが溶けるみたいに、オッサンの座高はアタシの体液に溶かされて、段々低くなってく。アタシは撮影しながらめっちゃ受けてた。
    デラキモwつーか腕の生えた胸像みてえwそんでまだ喋れるとか奇跡www

    「そだ、おけ。腕残ってんなら携帯使えるっしょ?デンワかけてもいいよ」
    アタシは親切に部屋の中からオッサンの携帯を探し出して、水たまりの中に放り投げてあげた。
    「ケーサツか家族に、助けに来てもらいなよ。ほらほら、早くしないと、溶けちゃうよー」
    アイスクリームかよ!←セルフツッコミ
    オッサンはものっそい早さで飛びついて、テンパりまくりであちこちに電話をかけてたけど、どこにかけても、ガイキチと思われてブツ切りされてた。チーン。
    「う、うう……」
    当たり前じゃん。JKに溶かされかかってますなんてデンワしたって誰も信じないって。わかってて期待持たせるアタシも鬼畜っちゃ鬼畜だけど。
    うまくすれば、もう一匹くらいオトコが食えるかと思ったんだけどな。邪魔も入らず溶かすだけじゃらんつまー。再生数も伸びっこないし。
    あ、そだ。アタシが代わりにデンワかければいいんだ!!
    「オッサン携帯ちょーだい。今誰にかけてたの、嫁?へー結婚してんだ。その顔でやるじゃん」
    アタシは携帯を奪い取ると、「嫁」で登録されている番号にかけ直した。オトコじゃないなら食えないけど、なんかこれはこれで面白そうだって勘がはたらいてた。
    相手はワンコールですぐに出た。甲高いおばさんの声だった。
    『ちょっと、いい加減にして!何度かけてきても、あなたとやり直す気はないから!』

    ちょwww別居中でしたかwwwwww
    オッサンこのアパートに一人で住んでるのか。単身赴任かと思ったら、奥さんに捨てられてました。それで遊びに来た部下にラーメン作ってたとか。
    笑いを噛み殺しながらアタシは、出来るだけ優しく言ってあげる。
    「奥さん?ごめんねー。今ダンナさんの携帯借りてまっす。ダンナさんもうすぐ死にそーだから、話だけでも聞いたげてー」
    アタシが言った途端、オッサンは涙でぐしゃぐしゃになった顔で叫んだ。
    「紗枝!俺が悪かった、帰って来てくれ!助けてくれえええっ!」
    オッサンの声が届いたかどうかはめいふ。ただアタシの声だけは聞こえたみたいで、
    『え。あなた……誰?』
    奥さんはろこつに怪しがってたけど、すぐ切ろうとはしなかった。

    「ちぃーっす、高須イオナでーっす。いまダンナさんの身体もぐもぐ食べてまっす、まいうーーー!!」
    あーノリで本名言っちゃった。まあいっか。編集でカットしよ。
    通話口の向こうでしばらくチンモクがあって、それから奥さんが口を開いた。
    『何の悪戯か知らないけど……あの人とはもう関係ありませんから。切りますよ』
    「えー待ってよ。なんで別れたの?ダンナさん顔はキモいけど、性格は割といじらしくて可愛くね?」
    それはマジで、スライム化してから好みが変わった。イケメンよりオッサンに惹かれるとか、今までから考えたらあり得んし。
    たぶん、このオッサンの身体から出てるフェロモンみたいなのが原因だろうけど。
    奥さんは声を低くして、聞き取りにくい声でぼそぼそと言った。

    『あなた、彼と不倫してるの?なら一つ忠告しておくわ』
    えっなになに?
    不倫とか誤解もいいとこだけどwktk
    『彼は子供を作れない身体で、しかもそれを長い間私のせいにしていたのよ』
    マジすか!?うーけーるー。
    『承知で付き合っているのなら口出しはしないけど、あなたがもし誰かの母親になりたいと考えているなら、その男とはさっさと別れることね。じゃあね』
    ブツっ。
    電話が切られてしまうと、アタシは腹がよじれるほど笑った。
    不妊を嫁のせいにして離婚とかwwまさに単身不妊wwwww

    笑った後で、急にシリアスな気持ちが襲ってくる。で、ちょい真面目な顔(キリッ)をして、オッサンと向き合った。
    「オッサンひどいねー、もっといい人だと思ってたけど自業自得じゃん。サイアクなんだけど」
    同じ女だから奥さんの気持ち凄いわかる。
    やっぱオトコってこういうもんだよね。強い相手には媚び媚びするけど、その裏では奥さんや子供苛めてたりする。
    正直、萎えまくった。もう容赦なしに食っちゃってよくね?こんなやつ。





    「オッサン今の気分どう?」
    アタシは体液の温度を変えてみた。体温くらいだったのを、沸騰したお湯ぐらいの温度にする。その方が早く溶けるかと思ったんだ。
    キッチンの床にクリームシチュー的な肌色が広がって、ポコポコってマグマみたいに泡立ってる。肉が溶けるいい匂い。
    「あ、熱いです……胸から下が、もう溶けかかって……」
    奥さんからの伝言をつたえたら、オッサンは生きる気力をなくしたみたいで、抵抗しなくなった。
    それはいいんだけど、喋ってくんないと実況として面白くなんない。アタシはカメラを回し続けて、おもろいコメントを求めた。
    「熱いってどんなん?風邪ひいたときみたいな感じ?温泉入ってるみたいな?」
    アタシの下半身はもう、オッサンの身体とつながって完全にひとつになってた。これってオッサンのち○ぽ液も吸収したってことだよね。
    口から吸うのをやめて、体全体でオッサンを吸収する。液体の中に、縮れ毛とかが色々浮いたり沈んだりしてた。
    「あ、の……できればもう殺してくれませんか」
    痛いっつーか眠いみたいな表情で、オッサンは言ってる。
    内臓のほとんどが溶けてるのに、生命力ぱねぇ。首だけになってもまだ喋ってるとかどんだけー。
    「なにゆってんの。てかそれだけ元気なら、もっとましなコメント残しなー?食べられてるとこ実況される経験なんて、なかなかできないっしょー?」
    「もう諦めましたので、楽に、なりたい、のです」
    楽になりたいって言うけどさ、じゃあ奥さんはいつ楽になるワケ?ほんと、自分のことばっか。
    心ん中で文句を垂れながらアタシはひたすらオッサンを溶かし、貪る。味は甘いのに心が苦いっていうわけわかんない状態だった。
    「ちょお待ってよ。もう少し話そうよ」
    最初はちょっとかわいそうだと思ってたけど、なんかちがう。うまく言えんけどむかつくわ。
    そういやアタシの父親もよく母親殴ってたっけ。好きでケッコンした相手にどうして酷い事が出来んのか、聞いてみたい。
    あと、子供ができないからどうたらって言ってたけど、オトコがそんなに子供好きなら、とっくに少子化止まってるって。
    つきあってる時は妊娠って言葉聞くだけでイヤーな顔するくせに、ケッコンした途端妊娠しろ妊娠しろとうるさく言いだすのも意味わからん。
    けっきょくあれっしょ、オトコが産んで欲しい時だけ産んで、今は産むなって言われたら即おろすかオトコに頼らず一人で育てろっつーこと?ありえない。
    「あいつの言ってたことは嘘ですよ……俺は不妊なんかじゃない……」
    オッサンは虚ろな目をしてブツブツ言ってた。

    アタシは、最初に付き合ってた彼氏と結婚したかった。一分も離れたくないくらい大好きだった。
    でも遠くに行ってしまったから無理だった。いくらアタシの足が速くても、天国までは追いかけていけない。

    「俺が種なしなはずがない……はずがないんだ……もっと若い娘を嫁にもらっていれば……」
    もしかしなくても、子供っていうアイテムと、自分の面倒をみてくれる相手が欲しかっただけじゃね?
    アタシも大人になればこうなるのかなー。好きで一緒にいるんじゃなくて、生活のために利用するだけとか。
    そりゃアタシだってさんざん悪さはした。どうでもいい男をゴミみたいに扱うのは、全然ムネ傷まない。でも、好きな人にならちゃんと尽くすし、なんだってしてあげたい。
    オッサンはその反対なんだね。ケッコン相手は自分の奴隷だから、何を言っても構わないって思ってたんだ?その辺がどーもアタシとは感覚が合わない。
    子供が減ってるとかゆーけど、ようは、嫁に対してこういう考え方するオッサンの個数を減らせばいんじゃね?
    もしかして、アタシはそのために、こんな風に生まれ変わったのかも。こういう連中を食っちゃうために産まれたのかも。
    だとしたら、これからもじゃんじゃん食っていいってことだよね!!(ぉい

    「どーでもいいけど、30分の動画にしたいから、あと6分くらい持たせてくんない?それと、もっと大きい声で話してくれないと音拾えないっしょ。頑張れー」
    最後に、お○ん○ん溶けてきもちいい~って絶叫させてダブルピースでもさせよっかと思ったけど、なんかそんな元気なさそう。2~3分持つかどーかってとこかな?

    オッサンはうつむいた、つもりだったんだろーけど、首で支える力が残ってなくて、頭がグラグラって傾いて。
    すくうのに失敗した湯豆腐みたいに、ぐしゃっと潰れて動かなくなった笑える。


    「もしもーし、オッサン?聞こえてるー?」


    もう死んでた。







    オッサンを完食すると、アタシは某動画サイトのアカ取って、早速動画をうpすることにした。
    動画タイトルは『JKがおっさんを食べてみた(実況)』で決まり。エロ厨がタイトルにホイホイされる予感。
    あ、いちようグロ注意って入れとかないと。これでよし。
    カタカタカタカタッ、ターン!
    どうよ。タイピング慣れたもんっしょ。しかもハンケツどころか全ケツで椅子すわってんのに痛くなんないしひやっとしないこのカラダちょー便利。

    鍋ん中で伸びきってたラーメン、もしかしたら食えるかと思ったけど、やっぱりダメで吐いてしまった。
    人間のオトコしか受け付けないカラダになってしまったアタシ。便利っちゃあ便利だけど、もう食って寝る以外することないし、これからどうしよっかな。
    んー、動画に米つくまで時間かかるし、おなかいっぱいになったから少し横になろう。
    そう思って、アタシは人間のかたちを崩して、元の液状の姿になろうとした。

    トントントン

    アパートの下の方から誰かが階段のぼってくる。
    いよーに軽い足音だから子供かな?


    ピポピポッピピーポポ ピポピポッピピーポポ

    リコーダーの音が聞こえて来た。
    あれ?このメロディ、どっかで聞いたような?


    ピポピポッピピーポポ ピポピポッピピーポポ
    ピポピポッピピーポポ ピポピポッピピーポポ 


    あっ思い出した。
    でもなんで、同じとこしか吹かないんだろ?

    ガチャ
    玄関のカギ、閉まってたはずなのに開いた。
    アタシは乳首もま○こも丸出しにしたマッパ状態で、入ってきた相手をぽかんと見てた。

    小学生くらいの男の子だった。半ズボンで、手にリコーダー持ってる。
    あのオッサンは子供いない(できない)はずだし、近所の知り合いの子供かな?
    この子を食べる気はなかった。てか人間のJKやってた頃なら、むしろ食いてええええ!って思ったかもだけど。
    なぜって、髪が茶色でさらさら。目がくりっとして、ジャニーズに入れそうな可愛い男の子だったから。
    けど、食欲は湧かない。この子のカラダからは、あのオッサンに感じたようなフェロモンは漂ってこないんだ。
    とりま、近くのカーテンを体に巻いて隠す。オッサンの愛人でも装えばいいか。

    「どもこんちはー。ぼく、リコーダーうまいねえ」
    微笑みかけたけど、ジャニーズジュニア系男の子は入口に立ったまま、クールな目でこっちを見てる。
    …小学生、っしょ?だよねぇ?背ぇちっちゃいし笛もってるし。
    裸のJKが目の前にいたら、少しは焦って欲しいわ。ちょい自信なくすわー。
    「転調のトコ、吹けないの?ほら、ピポポピッポ ピポポピッポ ピーポポッポピポポポ♪」
    結構上手っしょ?こう見えて、歌ってみた動画を上げたこともあるんだから。
    男の子は笑ってくんないし、アタシの聞いたことに答えてもくれなかった。
    てか。。
    なにこの子。恐ろしく目が冷たい。なんか、アタシのことを、人間じゃないみたいな顔をして見ている。
    ぶっちゃけ人間じゃないけど。死んで生き返ったOBKだけど。
    今はちゃんとヒトのかたちしてるし。この子に見抜かれたなんて思えんけど?

    「お前、こんなとこで何してる」
    男の子の出した声は、アタシの度肝を抜いた。
    すご、低い声。マジでこの子が出してるの?

    「なにって……ここのオッサンに呼ばれて来ただけだけど?(てへぺろ」
    アタシがパチこくと、男の子が指を鳴らした。
    開いたままの扉の後ろから、黒いスーツを着たオトコたちがどやどや入ってくる。ぜんぶで六人くらいいた。

    「え、え、ええ?なに、なに?」
    背筋がぞわっとする。やばいこれ。
    本能っていうのか、これはもう逃げるしかないって、思った矢先に、男の子が一歩前に踏み出した。

    「呼ばれただと?嘘をつけ」
    どうしてそんなに怒ってるのかわからないけど、顔が怖い。かわいいだけに。
    部屋の中はいちおきれいに片づけといた。オッサンの食べ残しなんてない。でも、男の子は鋭い目つきをして言ったんだ。
    「捕食をしていたんじゃないのか」

    ひょしょく。
    アタシには難しい言葉の意味がわかんなかった。字で書いてくれればさすがにわかったと思うけどふだん使う言葉じゃない。
    スーツの男たちに隠れるようにして、さっき逃げて行ったイケメンが顔を出した。
    アタシと目が合うと、青い顔をして引っ込める。
    そっか。逃げたと思ってたけど、通報したんだ。やるじゃん。よかったねオッサンいい部下持って。
    つうほう・・・?ケイサツ、ちゃんと仕事したんだ?よく信じてくれたって感じ。
    だってオッサンがデンワした時は誰も信じてなかったのに。アタシの存在。OBK。スライム。人じゃないバケモノ。

    バキッ

    男の子はリコーダーを二つに折った。すげぇ力、と思ったけどよく見たら元々曲がるように改造されてた。
    リコーダーは何回かバキバキって捻じ曲げると水鉄砲みたいな形になって、男の子はそれをアタシに向けた。

    「恩納さん、お待ち下さい。まだ対象と決まったわけでは」
    スーツ姿の男の一人が、慌てたみたいに言う。
    ぇ、このひとなんで、こんなちっちゃい男の子に敬語使ってんの?名前だか名字だかわからんけどさんづけって。格差社会もここまで来たか(いみふ

    「黙れ。俺の勘を信用しろ……証人もいるんだ、間違いない」
    男の子は首を傾けて、チクった張本人のイケメンを振り返った。
    イケメン、真っ青な顔をしてこくこくと頷いてる。
    「こ、こここ、こいつ、です、確かに見ました。こいつが係長を……」
    変な感じ。なにこの男の子。
    どうして大人の男たちが、みんなしてこの子にぺこぺこしてんの。

    半笑いを浮かべて、アタシは後ずさる。とにかくヤバい、逃げなきゃってことはわかった。
    男の子の、リコーダーを改造した水鉄砲みたいなのの銃口が、アタシにぴったりと狙い定めてる。

    やば!
    アタシは素早く液状になって、カーテンの後ろにある窓の隙間からするっと逃げようとした。
    けどそれよか早く、銃からバーって氷の粒が飛び出してきてアタシは凍りついた。

    溶けて逃げようとした形のままアタシは固まり、床にごてっと落ちた。

    「決まりだな。捕食系スライム……この、腐れ外道が」

    土足で近づいてくる、男の子の声が聞こえて。
    すぐに眠くなってきちゃって、もうその後は、わけわかめ。
    もういっぺん死ぬのかどうかも分かんないけど。
    アタシを殺したあの男を探せないのと、あの動画みたひとのコメントが見られないのが心残り?そんな感じ。
    せっかく手間かけてうpしたのにさー。画質がカミッテル言われたかったのにぃ。とにちょームカつくあの糞餓鬼。


    あ、ここまで読んでくれてあとーんす。



    テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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    【ヨリドコロイド】スライムマミレ。

    初めまして。今村スミレと申します。
    本日は皆さまに、私の半生をお話ししたいと思います。

    目覚めた時には、暗闇の中でした。
    壺のようなものに閉じ込められているのが判り、幾度か体を揺すると、上の方に開いていた隙間から這い出ることが出来ました。
    それがいわゆる骨壷だとわかったのは、ずっと後になってからです。
    私は火葬された後、どういうわけかお寺の墓地の中で、奇跡的に息を吹き返したのでした。
    周囲は相変わらず暗かったけれど、私は少しも怖くはありませんでした。自分の身体に起こった変化を、はっきりと感じていました。

    ──お父さん、お母さん、どこですか?スミレはここです。

    声にならない声を発し、真っ先に目指した先は、かつて住んでいた家でした。私が死の眠りについている間、東京の街はすっかり様変わりしていました。
    舗装された道路にきらびやかなネオン。通りを行き交うお洒落な人々は皆モデルさんのようにスタイルが良く、外国に紛れ込んだのかと思うほどでした。
    液状と化したこの身体は、移動には便利でした。舗装された道の中央に蹲っていても、人々は私を吐瀉物と思い、踏まずに避けていきます。車道でタイヤに轢かれても、痛みを感じません。
    父や母に一目会いたい。学校の友達や先生に会いたい。
    辿り着いた家は既に取り壊されて、大きなビルが建っていました。通っていた学校も、友達の家もなくなっていました。

    私は途方に暮れて、街を彷徨い歩きました。酷くお腹が空いていました。下町には食べ物の屋台も沢山出ていたけれど、お金を持っていないので何も買えません。
    人のものを盗むのは良くないことだと、私は父母に教わりました。人でなくなった今も、その志は変わっておらず、山になら何か食べる物があるかも知れないと思い立ちました。
    しかし、山の恵みは私の空腹を満たすことはありませんでした。子供の頃大好きだったアケビの実や蓮華の蜜を口に含んだものの、異物感がありすぐに吐き出してしまいました。
    人間の食べ物は、体が受け付けなくなっていたのです。
    こんな醜い身体に生まれ変わっても、再びこの世に生を受けた以上は、生きていかねばなりません。私には、餌の取り方を教えてくれる人がいませんでした。
    道路の隅に蹲って、人々に見過ごされ、どれほどの時間が経ったでしょう。
    不意に、甘い匂いを感じました。鼻などないのに、確かに匂うのです。食べられるものが近くにあるとわかりました。私は匂いのする方角に這って行きました。

    電柱に寄りかかって、スーツ姿の若い男性が眠っていました。身体からアルコールの匂いがふんわり立ち上っています。
    男性の僅かに開いた唇から洩れる吐息を感じた時、私の中で眠っていた本能が呼び起こされました。そう、私は、この見知らぬ男性に対して、猛烈な食欲を覚えたのです。
    これまでにない経験でした。自分の体がどうなってしまったのかを考える暇もなく、とにかく一刻も早くこの人が食べたくて、身体を紙縒りのように細く小さくし、寝ている彼の鼻の穴に夢中で飛び込みました。
    誰に教わったでもなく、本能にそのように刷り込まれていたのでしょう。私の体は男性の体の中に入りやすいように、自在に変形が可能でした。
    鼻孔から喉を通り、食道を通り、中に満たされている体液を夢中で啜ります。お酒を頻繁に飲む人なのか、胃の中はだいぶ傷んでいて、潰瘍らしきものがあったのでそれも舐めて治しておきました。
    そして腸に詰まった糞の、何と美味しいこと。全て吸い上げて、膀胱に入り、塩辛い尿をゴクゴクと飲み干し、私の心は歓喜で満たされました。
    身体の中を綺麗にすると、今度は外です。肌の表面に着いた汗や埃や垢、細菌、かさぶた……それらを全て綺麗に舐め取って、ようやく私は満足しました。
    力が戻ってくるのがわかりました。生前の、幸せだった頃の姿を頭の中に呼び起こしていると、少しずつ体が形作られていきました。
    初めて人の姿を形成できた時の喜びは、忘れられません。肩まで届く、黒いお下げ髪に白い肌、貧相に痩せた手足も前のままです。私は裸のまま、意識のない男性にお礼を言いました。
    「ありが、とう、ございました。ごちそうさまでした」
    初めて、声まで出るようになりました。まだ意識の戻らぬ男性の前で、深くお辞儀をしたのち、その場を離れました。
    無事に人の姿を取り戻したとは言え、往来を裸のままうろつくわけにはいきません。
    身につけるものは、ゴミ捨て場や、廃墟の建物等を探索して手に入れました。くれぐれも断っておきますが、私は生まれてから一度も盗みを働いたことはありません。
    まだ着られる服を捨てる人が多いのは嘆かわしいですが、おかげで私の着られそうな服はどんどん増えて行きました。手に入れた服は、川で洗って木に干しておきます。活動拠点を決めておくと便利だと気付き、山奥に自分の居を構えました。何だかアジトみたいでわくわくしました。
    昼間は人間の姿で街に出て、現代で生きるのに必要な知識を身につけ、夜になったら民家に侵入し、寝ている男性の排泄物を啜る生活が続きました。
    そのうちに、私が身体の中に入れる男性と、入れない男性がいることに気付きました。誰でも良いと言うわけではなく、一定の『条件』が必要なのです。
    それゆえに餌不足には悩まされましたが、じっとしていればさほど体力は消耗しません。車の荷台や電車の裏側に貼りつけば、全国どこへでも行けました。
    ただ、気を抜いている状態だと、すぐに液状化してしまいます。服は持ち運ぶことはできません。今の私に必要なのは、その場で人の姿に戻った際、自動的に服を身に纏う技術でした。

    ある日の事です。人目に付かない山奥で、服を脱ぎ着する練習をしていた私は、これまでとは少し違う匂いを感じました。
    人間の男性の美味しそうな気配に交じって、私と同じ匂いを感じるのです。
    それまでの私はずっと一人で、私と同じ境遇の仲間がいる可能性など、考えもしませんでした。初めて感じる同属の気配に、心が湧き立つのは当然でした。
    「あら、お仲間?」
    駆けつけた私の姿を見てそう言ったのは、派手な顔立ちの女性でした。
    私のように服は着ておらず、豊かな乳房が丸見えになっています。恥じらいを捨ててしまったのか、壁に寄りかかって胡坐をかいて、とてもお行儀が悪いです。
    彼女の足の下で、人間の男性が苦しそうに呻いていました。まだ息がありますが、目には既に光がありませんでした。
    「こんにちは。あの、何をなさっているのですか?」
    男性にではなく、お仲間と呼ばれた彼女の方に、私はそう尋ねました。
    食事中にお邪魔したのは申し訳ないですが、彼女がなぜ、そんな乱暴なことをするのか、どうしても判らなかったのです。
    肉を切り裂き、骨を砕いて、血肉を啜る。私はそんなことをしなくても生きていけます。彼女がなぜ、無闇に男性を苦しめるような真似をするのか、理解が追いつきませんでした。
    「た……たす、け……」
    押し潰されている男性の顔の辺りから、低くかすれた声が聞き取れました。気の毒だとは思っても、助けようとする感情が湧いてこない自分が信じられませんでした。
    男性を甚振る彼女の仕草はとても自然で、それが彼女にとっての本能、いわば常識だと悟ったので、それ以上何も言えませんでした。
    「お馬鹿さん、逃がすわけないでしょう。こんな極上の餌は久しぶりなんだから、たっぷり楽しまないと」
    長い髪の毛が伸びて、先端がナイフのように鋭く尖ります。への字の形に反り返っている男性の背中に、鋭利な先端で×印をつけました。
    ブシュッと赤い血が噴き出し、女性の体液と混ざって桃色に染まっていきます。男性はもはや声を上げる気力もないのか、口の端から泡を出して手足をばたつかせています。
    「ほほほ、もっと苦しみなさい。男の踊り食いよ。捕まったら最後、息絶えるまで私を楽しませるの」
    女性は自らの二本の足を器用に使って男性の肢体を切り刻み、自分の体液と混ぜて口に運びました。クチュクチュと言う咀嚼音が、私の耳にまで届いてきます。
    「んみ、くちゅ……ふ、んぐ、もぐっ……」
    自分の肉が目の前で食べられると言うのはどんな気持ちなのでしょうか。暴れていた男性の体から、抵抗の力が抜けていきます。
    こくんと女性の白い喉が上下しました。呑みこまれた肉の塊が、唾液と混ざって、体内の深いところに落ちていく音まで聞こえるようでした。
    「美味しい、美味しいわ。やっぱり男は太らせてから食べるのが最高ね。この不健康な真っ白い脂肪の塊の、喉越しがたまらない。あぁ、舌に纏わりついて、うぅん……」
    ぺろりと舌を出し、口の中に残った脂分の名残を味わうように口の端を舐めます。陶酔したように眼を細め、男性の肉をじっくりゆっくりと切り分けていきます。
    組んだ足を皿に、手をナイフとフォークに見立てて。切っては食べ切っては食べ、その動作をひたすら繰り返します。
    人間だった頃の食事方法を再現しているかのように、私の目には見えました。頭から被りついて食べることをしないのは、彼女なりの捕食美学でしょうか。
    かつては高級な店で、座って楽しく食事をした記憶が忘れられないのでしょう。こんな身体になっても、人間の名残はどうしても残っています。

    「何を立ち往生しているのよ。ひょっとして、餌の獲り方がわからない?」
    その場に棒立ちする私を気遣ってか、女性は朗らかに笑って言いました。
    「見てなさい。これと絡めながら、少しずつ切って食べるのが通なの」
    女性の下半身は溶けていて、肌色に近い乳白色が地面に広がっていました。私の体液の色とは、少し違うようです。
    言われた通り見ていると、女性は少しずつ切り取った肉片を、広がった体液と混ぜ合わせ、それから口に入れました。まるで、クリームのかかったオムライスを、フォークで口に運ぶように。
    「体液と混ぜると消化が速いのよ。唾液も出るけど、そっちは透明で成分が違うの、わかる?」
    男性一人分の肉を呑みこんだ女性のお腹は、ぽっこりと膨れていました。骨まで砕いて細かくして食べたようです。
    そして、残り滓のようになった肉の破片をひとかけら、長い爪に刺し、私の顔の前に持ってきました。
    「ほら、あんたにも一口あげるわ。その代わり、今度はあんたが私のために餌を探すのよ」
    親切心から言ってくださっているのは伝わりましたが、違和感が拭えないのは相変わらずでした。
    この人は、同属であって同属ではない。私が男性の体の中に入るのに対して、この女性は男性を外側から切り裂くのです。
    せっかく見つけた貴重な仲間なのに、同調できるとは到底思えない。私が尻ごみすると、何かを理解したのか、女性の顔色が一瞬でさっと変わりました。
    「……あんた、寄生系(パラサイト)ね!?」
    甲高い声が彼女の口から飛び出しました。聞き慣れない単語に戸惑う間もなく、女性が腕を振り上げます。
    「あたしは捕食系(プレデター)よ!!しっしっ!」
    怒鳴られ、犬を追い払うように追われました。
    今にして思えば、彼女は捕食系にしては、親切で気のいい方でした。
    食べ物を分けてくれると言い、拒否を示しても、追い払われるだけで済んだのですから。


    その足で図書館に行き、色々と調べてみました。貸出カードを持っていないので借りることはできませんが、もともと勉強は好きです。
    周囲の人々が、私に奇異の目を向けるのは、もう慣れました。
    私の皮膚は、再生するたびに新しいものに変わるので、体臭などはほぼ無いに等しいと思うのですが、着ているものは如何せん、捨てられていたのを拾って繕い直した服です。
    デザインの古さや寸法の合わなさは、私の努力の及ばぬところです。見ている皆さまの気分を害していたとしたら、それは心からお詫び申し上げます。

    海外の文献で、『突発性液状化症候群』という単語を発見しました。死んだ人間が、稀に死蝋化ではなく液状化することがあるそうです。
    また別の書物では、参考画像として、土葬した後掘り起こされた棺の内部の写真が載っていました。液状化した私とよく似た肌色の液体が、そこには写っていました。
    死体が何らかの理由で液状化するまでは、私にもどうにか理解できます。けれど私が知りたいのは、それが何故再び人の形を得、男性の身体を求めて徘徊するようになったのか、その一点のみなのです。
    私が体液の一部をサンプルとして提供すれば、専門の方に調査してもらえるのでしょうか。人でなくなった私たちが、どのような進化を遂げてこのような形に落ち着いたのか。
    先程の女性の姿を思い出しました。人を襲っている私たちの姿は、肉眼で容易に確認できます。これまで散々人を食らってきて、誰もそのことに気付かないはずがないのです。
    ゆえに私たちの存在は、昔から一部の人には知られており、その上で黙認されてきたと考えるべきでしょう。
    私たちを強制的に排除しようとする人間が、いつ現れないとも限りません。世間に見逃されている以上、知りたいと言う感情のみで動くことは、得策ではないように思えました。

    私はいったい何者なのか。どこから来て、またどのような形で終焉を迎えるのか。答えの出ないまま、話の判りそうな仲間を探し続けました。
    私たちには、大まかに分けて「寄生」系と「捕食」系が存在し、私は多分前者に分類されることもわかってきました。
    最初に出会ったのが捕食系の女性だったので、お友達作りは難航するかと思われましたが、寄生系にはおっとりした気性の人が多く、さまざまな情報を交換することが出来ました。

    いつものように忍び込んだ家で、男性の中に入ろうとした時、私は既に先客が入っていることに気付きました。
    私たちは同属の気配には敏感な方ですが、男性と一体化している場合には、なかなか気付きにくいのです。内側からやんわりと押し戻されるのを感じて、すぐに身体を離しました。
    私が出るのと同時に、その人も姿を現し、人の形を取りました。細面の女性で、春の日だまりのように柔らかく微笑む様子が、私の母に少し似ていました。
    「ごめんなさいね、お嬢さん。この人は私の宿主なの。他を当たってもらえる?」
    その人のお名前は、吹田環さんと言いました。環さんは、東京の街が空襲で炎に包まれた晩、幼い子供をおぶって逃げたのが最後の記憶だそうです。
    目覚めた時には、戦争はとうの昔に終わっていました。栄養の取り方もわからず、このまま意識を失うのかと思った際に、運よくこの男性に巡り合い、以来この男性の元に居つき、かれこれ二十年になるそうです。
    「寄生系の良いところは、相手の男性を殺さずに済むところ。それに、一度『宿主』を見つけたら、その人が亡くなるまで数十年、食べ物には困らないところね」
    環さんの言葉を聞いて、私は急に恥ずかしくなりました。私と違ってこの人は、一人の男性と長い間ずっと人生を共にしてきたのです。
    「それは多分、あなたが若いからよ。年を取ると、一つの所に落ち着きたくなるものよ」
    悪気なくそう言ったのでしょうが、私の心の靄は晴れませんでした。短い期間に多くの男性の体を渡り歩く、尻軽な女の子だと思われているような気がしました。
    でも、私にも言い分があります。環さんは生前別の人と結婚していたのだし、この男性にもれっきとした奥さんがいます。
    一方の私は、少女のまま性の快楽も知らずに死に、男性に愛される喜びなど一度も味わったことがないのです。だから?と問われれば、お返事のしようがありませんが、以上が私の言い訳です。
    「そうですね、私は色々と食べ漁ってきました。一人の男性の所にずっと居座るのも、何だか悪い気がして……」
    ああ、こんな言い方をしたら、今度は環さんを傷つけてしまいます。ですが環さんは怒ったりせず、私の見苦しい弁解を、静かに聞いてくれました。
    「スミレちゃん、私たち寄生系はね、男性の体をお借りしている、という意識を、常に忘れないようにしないといけないわ。そして私は、この人に恩返しがしたいからずっと傍にいるの」
    恩返しと聞いて私は妙な気がしました。確かに人間の男性には感謝していますが、代わりに私たちは彼らの排泄物を除去し、身体のお掃除をすることで、立派に恩返しを果たしています。それ以上に、一体何を返すと言うのでしょうか。
    疑問に満ちた表情で環さんを見つめた私に、環さんは穏やかな口調でこう続けました。
    「襲いかかってくる捕食系から、この人の命を守りたいの」
    私は愕然としました。
    それはもう、恥ずかしい、などと言う生易しいものではありません。己のあつかましさを思い知らされて、顔から火が出そうでした。
    餌になりうる男性は、私たちにしか分からない、独特の甘い匂いを放っています。そして私は、男性の栄養を啜り終え、体から離れた後は、彼らの事を思い出しもしませんでした。
    以前にクラスの男子達が話していた、下品な言葉を思い出しました。女性を騙して抱いて、責任を取らずに逃げることを、俗に「食い逃げ」と言うのだと。
    私が彼らにしてきたことは、まさに「食い逃げ」でした。私がいなくなれば、今度は他のお仲間たちが、彼らの肉体を狙って群がって来るのは当然です。寄生系ならまだいい。けれど捕食系なら、その男性は肉体を食い漁られ、溶かされて死んでしまう。
    何度か見て来た光景でした。知っていたのに私は、空腹を満たす事しか考えていなかった。それどころか、人間の男性も、もう少し私たちに感謝して欲しい、とさえ思っていました。
    それなのに、この女性は当たり前のように言うのです。
    『この人の命を守りたいの』

    寄生系は、捕食系より戦う力が弱く出来ています。餌をめぐって殺し合いに発展すれば、勝てる望みは五分五分です。そうまでしても、環さんはこの人の傍にいることを選んだのです。
    私より先に生まれて死に、母親という職業をも経験した環さんの言葉が、胸にずしりと響きました。彼女に比べたら私は、人の心を忘れた鬼畜のように思えてなりませんでした。
    「今からでも遅くないわ。あなたに相応しい宿主を探しなさい。愛する男性と身体を合わせ、外敵から命がけで守る。それが私たち寄生系の義務ではないかしら?」
    宿主は環さんの存在を知りませんから、彼女の言う愛は、所詮は一方通行のものに過ぎません。それでも環さんは、充分に満たされているようでした。
    黙って聞いていた私ですが、彼女の言う「私たち」という単語には、いささか抵抗を感じました。
    今村スミレと言う生き物のいやらしさと、この素晴らしい女性を妬ましく思う気持ちが、ないまぜになっていました。
    「ですが、環さん……」
    唇を噛んで、私は一つの疑問を口に乗せました。
    「仲間の捕食の邪魔をすることが、種として正しい行為なのでしょうか」


    環さんからは返事がありませんでした。
    沈黙が部屋に広がり、環さんが寄生する男の人の、穏やかな寝息だけが響いていました。
    彼は恐らく何も知りません。彼女に命がけで守られていることにも気付かず、お子さんや奥さんと笑みを交わしながら、安穏とした一生を送るのでしょう。
    私は静かに頭を下げ、その場を後にしました。彼女の気分を害したのはわかっていましたが、胸に浮かんだ疑問は止められませんでした。
    私のこの性格が、大人たちや一部の男性には可愛くないと思われていることは、生前からよく知っていました。成績が男子より良いのも気に入らないと、苛められたこともあります。
    自分の未熟さを見せつけられ、初めての友人も失い、私は山に戻ってしばらくは、何も食べる気がしませんでした。新しいお友達を探す気力も起きませんでした。仲間だからと言って、全てをわかりあえるわけではないことを、嫌と言うほど思い知らされたからです。
    食われている人間に同情はしても、行動は起こさなかった私。環さんの生きざまに己を省みながらも、同時にかすかな反発を覚えて、言い返さずにはいられなかった私。
    『私たち寄生系の義務』と、環さんはそう言いましたが、それは個々の生き方を否定することであり、私には彼女が、人間の女性の真似事をしているようにしか思えませんでした。
    大層なことを言う割には、宿主に自分の存在を知らせない。正体が知られたら、化け物と罵られ、拒絶されるのは明白だからです。
    だから、知らせずに影から守る。そんな彼女の臆病な心と、若輩者の私に対する優越が透けて見えて、私はどうしても素直に頷けなかったのでした。
    ひねくれているのは十分承知しています。本当は彼女が羨ましい。ですが、最後に投げつけた言葉もまた真実でした。
    一人の宿主を愛し、ずっと彼の体内にあって守り続ける。それは他の「寄生系」との交流を断ち、同時に「捕食系」との争いが避けられない状況に身を置くと言うことです。
    そんな辛い思いをしてまで、弱肉強食の摂理に逆らってまで、守りたい男性なんて、私にはいないし、考えられません。自分の身が一番大切なのは、当たり前ではないでしょうか?
    もちろん血を分けた肉親は別です、しかし私にはもう、愛する家族がいないのです。スミレは賢いなと頭を撫でてくれるお父さんも、ご飯が出来たわよと微笑むお母さんも、とうに鬼籍に入ってしまいました。
    街にあふれる男性は誰も彼も、私の心の琴線には触れません。外見は派手で怖いし、昔より野蛮で、それでいて心は弱くなったように思えました。
    身体は美味しいのに、肝心の中身はまるで尊敬に値しません。私だって人の事が言える性質ではないけれど、品のない言葉を使って、大声で他人を罵倒したりはしません。

    後日、環さんのいる家に謝りに行った際、そこでは喪服に身を包んだ大勢の人々が集まり、しめやかにお葬式が行われていました。環さんの宿主である男性が、老衰で亡くなったのです。
    環さんの気配も、その家から忽然と消え失せていました。恐らく新たな宿主を探しに行ったのでしょう。愛などと言っても、やはり生き物としての最大要求、食欲には勝てないのです。
    お世話になった人に対してそんなことを考えてしまう自分が、たまらなく嫌な子に思えました。私は謝罪の機会も失い、行き場のない気持ちを持て余して日々を過ごしていました。
    その時の私を突き動かしていたのは、どうしようもない孤独感と、それから先輩の環さんに対する対抗心でした。あのひとを越えるには、あのひとが出来ないことをするしかありません。
    即ち、宿主に自分の正体を明かして、正々堂々とお友達になり、彼を生涯守り通すことです。それで初めて、私の心は救われる気がしました。


    誰か、いないでしょうか。
    私を救ってくれる男性。私の心と体、両方を満たしてくれる素敵な男性。

    時間は緩やかに、しかし確実に流れていきます。
    ふらりと立ち寄ったスーパーマーケットは、『FC(フード・チェイン)』と言いました。
    私が子供の頃は魚石というごく普通の魚屋さんだったのですが、いつの間にか総合食料品店として、全国を席巻する巨大チェーンになっていたのには驚きました。
    そのFCの本店で、お肉を陳列している若い男性がいました。一目見て『条件』に合った人だと判ったので、私はしばらくの間彼を観察していました。
    近づいて名札を拝見しました。比嘉石矢さん。お名前から察するに、恐らくは沖縄の方だと思います。
    肌の色が黒くひょろりとした外見で、大人しそうですが言いたいことははっきり言う、といった印象を受けました。
    周囲に女性の影がないのも、好印象でした。奥さまや恋人がいる男性よりは、いない男性の方がいいに決まっています。
    中年の女性に縁談を進められて、迷惑そうに断っているのを見ました。私がじっと見つめていると、比嘉さんは強引な女性から視線を逸らし、私に向かって「いらっしゃいませ!」と言いました。
    私の体は、精神的な意味で固くなりました。そう言えば、この身体になってから、男性とお話しするのは初めてなのです。話の糸口がまるで掴めません。
    山で洗って干しておいた服を新しく身につけて、何度も鏡で自分の姿を確認してから、もう一度スーパーに行きました。
    比嘉さんはお肉売り場の主任さんをしているらしく、とても忙しそうに働いていました。私はずっと彼の働くところを見ていました。
    数日間、なかなか声をかける機会に恵まれず、店の中を右往左往しているうちに、どうやら店長さんに不審がられたようでした。
    これ以上粘っては、周りに迷惑をかけるだけです。私は思い切って、お客さんが入ってはいけない作業場に足を踏み入れました。
    比嘉さんはいませんでしたが、違う人がお肉をパックしているのが見えました。他にも色んなお肉がパック詰めされて並んでいました。生前はあれほど美味しく見えていたお肉を見ても、今は何も感じないのが、少し悲しくなりました。
    私はそのひとに比嘉さんを呼んでくれるように頼みこみ、荷物が積んであるところでじっと待っていました。
    やがて、迷惑そうな顔をして比嘉さんがやって来ました。そこから先の展開は、皆さんのご存じの通りです。

    初めての交渉は、見事に失敗に終わりました。私がうまく話せなかったせいで、比嘉さんに不快な思いをさせてしまったかも知れません。
    彼の目には、私が生意気な小娘に見えていたのでしょうが、本当にただ緊張していただけでした。凍ってしまえば動けなくなるなどと、ついつい弱点を漏らしてしまったことからも、相当焦っていたのだとご理解ください。
    念のため申し上げておきますと、私は比嘉石矢さんを決して怨んでなどいません。彼に傷つけられたとは思っていませんし、むしろ私が彼の精神を深く傷つけてしまった。
    私は心にも体にも、傷など負っていません。凍らせられたとしても生命活動が途絶えるわけではなく、一時的に休眠状態になるだけです。
    男性との会話に慣れていなかったとは言え、比嘉さんの事情も考えずに、焦って交渉しようとしたのが、そもそも間違いだったのです。
    もしも、もう一度比嘉さんにお会いできる機会を頂けたなら、あの時悪戯に恐怖心を煽ってご迷惑をおかけしたことを、心から謝罪したいと願っています。
    これはきっと罰です。環さんを傷つけ、比嘉さんを傷つけた私に下された罰なのです。




    凍らされた私は、それから数年後、同じ場所で再び目覚めました。
    肌に触れる空気が変化しました。温かいお湯が身体にかけられ、徐々に体が溶かされていくのを感じたのです。
    すぐ近くで、甘くいい匂いがします。寄生の対象になる男性が、すぐ傍にいるのだとわかりました。

    「なんだろーなー、これ。肉でもないし、チーズでもないし、溶ければわかるかな」

    呑気な、とても温かい声が聞こえました。比嘉さんではありません、明らかに別の男性です。
    不幸中の幸いと申しますか、眠っている間に私の力は蓄えられ、人型にならずとも人の声が聞こえ、周囲の様子も見えるまでに進化していました。
    私は解凍されている最中でした。大量のお皿を一度に洗う時に使われる、大きな銀色の盥に浸けられ、その中にぷかりと浮かんでいます。

    目の前に、優しそうな男性が座っていました。大きな目をして、まるで食事が出来上がるのを待つ子供のように、きらきらした表情で私を見ています。
    そんな目で見られるのは初めてで、私は戸惑いました。正体不明の塊であったに違いない私を、どうやらこの男性が連れ出して、熱湯で溶かしてくれているようなのです。
    「その盥、使ったら洗って返して下さいよ。飯尾店長」
    背後を通り過ぎる女性が、ぶつくさと文句を垂れつつ去って行きました。
    店長という言葉とその服装で、私は以前と同じ場所にいることに気付きました。けれど以前の店長は、もう少し厳格で怖そうな人だったと記憶しています。
    近くに比嘉さんの気配も感じません。多分、あれから何年も経って、働いている人たちの顔ぶれも変わったのでしょう。
    この時の私はまだ知りませんでした。人間には、好奇心と言う厄介な代物があり、目の前にいる男性はそれが人一倍強いがゆえに、周囲の人間を巻き込む困った人なのだと。
    「わかってますって。どーれ、そろそろ溶けたかな、よいしょっと」
    飯尾さんと呼ばれた男性は、お湯に浸かっている私を、赤子を抱くようにして抱え上げ、私の全身をくまなく眺めました。
    店長と言うことは、それなりにお年は召されているはずですが、間近で見るととても童顔で可愛らしく、大学生のようにすら見えます。
    その少年じみた、悪く言えば大人になりきれていない男性は、不意に私に顔を寄せると、あろうことか、柔らかくなりつつあった私の身体をぺろりと舐めたのです。

    「ん……食べ物ではない、な。じゃあ、なんだろう?」

    何をされたのか判った瞬間、私の思考は真っ白になり、続いて全身がかあっと熱くなるのを感じました。
    存在しないはずの心臓が、強く脈打っています。この姿になってから色々な目に遭いましたが、男性の身体を舐めることはあっても、舐められたのは初めての経験でした。
    未知のものに対して恐れを抱かない人。子供のように純粋な心を持つ人。
    このひとなら、私を受け入れてくれるかも知れない。私が再びこの世に生を受けた意味を、教えてくれるかも知れない。


    それが、私の生涯の宿主となる、飯尾和成さんとの出会いでした。



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    【ヨリドコロイド】突発性液状化症候群

    前の職場で色々あって、沖縄に逃げ帰って来てから半年が経つ。
    空は青く、海も緑色で、おおむね平和だった。俺の再就職が決まらないこと以外は。


    「駄目か……」
    ハロワの壁に貼られている求人票を見て、溜め息をつく。
    前の職業は、スーパーの精肉主任。とある事情から肉を見るのが心底嫌になり転職を決意したのだが、今日も何の収穫もない。

    「比嘉くん?もしかして比嘉くんじゃない?」
    海沿いの道をぶらぶらしていると、背後から女の声がかかった。
    振り向くと、申し訳ないが全く見覚えのない、小奇麗な三十そこそこの女が立っている。
    「久しぶり。こっちに帰って来てたのね」
    俺が戸惑っているのに気付いたか、女は苦笑する。
    「あたし、覚えてない?高校の時同級生だった伊藤美衣。結婚して今は名字違うけど」
    「伊藤……」
    ようやく思い出した。俺は高校の頃、親父の仕事の都合で東京にいて、そのまま大学も就職も東京で済ませた。
    高校時代の俺は今と同様、何の取り柄もない平凡な男だったが、伊藤は当時から可愛くてクラスでも目立っていた。
    垢抜けていていかにも東京の女子高生と言った感じだった伊藤が、まさか沖縄に嫁いで来ていたとは。
    「そうか、久しぶりだな。結婚してたのか」
    美人と話せて嬉しいが、彼女は旦那持ちだし、連絡先を教えるほど仲良くもなかったし、俺が無職だと知られたらいろいろ気まずい。
    「悪いけど、俺、急ぐからまたな。同じ市内ならまた会うこともあるだろう」
    「そうね、呼び止めてごめんね。あたしも買い出しの途中だし」
    そう言えば彼女の両手には何やら食材が入ったエコバックがある。近くの駐車場まで歩いて行くところだったらしい。
    「うちの店、いま厨房に人手が足りなくて困ってるのよ。妻のあたしも店に駆り出されて」
    「店?」
    「レストランよ。ちょっとメニューが特殊だけど、結構有名でこっちのグルメ誌に載ったりしてる」
    身体が半分家の方角を向きかけていた俺の足が、ぴたりと止まる。
    しばし考えた後、恥を忍んで聞いてみた。
    「人手って、元スーパーの店員でもいいのか?」





    「比嘉石矢さん、二十九歳。へえ、以前は東京のFC(フード・チェイン)にお勤めで」
    「はい」
    「普通免許、大型免許、販売士、食肉販売技術管理士、調理師免許取得。ご実家がここから近いのですね。車で二十分くらいか」
    伊藤(旧姓)の旦那の名字は恩納といった。温厚そうな人物で、料理人らしく清潔な服装をしていた。
    俺より十は年上に見えるが、彼女とは見合い結婚だったのだろうか。
    「ランチメニューです。どうぞ」
    伊藤、もとい恩納氏の妻が、気取った口調で言いながら食事を運んできた。
    あれから、俺は恩納に頼みこんで車で店舗まで連れて行ってもらった。
    店長である旦那に事情を話すと、「とりあえずランチでも食べながらじっくりお話を」と言い、食事まで出してくれることになった。
    物を食いながら面接なんて初めての経験だったが、昼時で腹が減っていたのでありがたく頂いた。
    ブロッコリとインゲンのソテーと、枝豆のスープ、ほうれん草らしきものを練りこんだパン、飲み物は抹茶オレ。
    何を目指しているのかわからない上に緑尽くしだが、味は悪くなかった。
    「FCと言えば、今やアメリカにも店舗を構える大型スーパーですよね。社長がやり手で有名な」
    書き置きしておいた履歴書に目を通し、旦那はじっと俺の目を見る。故郷に逃げ帰ってきた負け犬を検分する目だ。
    「失礼ですが、退職理由をお聞かせ願えますか?」
    きた。
    俺は背筋を伸ばし、予め用意しておいた言い訳を口にする。
    「父母も高齢ですし、地元に戻ってこいと言われまして……やむなく退職した次第です」
    「こちらにもスーパーはありますが、そちらは受けられなかったのですか?」
    「……ええ」
    突っ込まれるとは思っていた。まさか、肉が嫌で辞めたなんて本当の事は言えない。
    俺が黙っていると、旦那は優しい声で言った。

    「肉が嫌いになったのですね?」
    ぎくりとして背筋をこわばらせる俺に、旦那は続けて言った。
    「菜食専門のレストランだと話したら、あなたの目が輝いた、と妻が言っていましたよ。当店には、何らかの事情でベジタリアンに転向したお客様が、大勢いらっしゃいます。ですから、態度を見ていればわかります」
    「はあ……」
    それは有り難い。
    「採用となれば、調理補助に回ってもらうことになりますが、うちでは肉を扱いませんからその点は安心ですよ」
    「あ、ありがとうございます!」
    いい感触だ。家から近いから通勤も楽だし、店の雰囲気も店長の人柄もいい。俺は心の底からこの出会いに感謝した。
    「よろしければ、菜食主義になった理由をお聞きしても?決して口外しませんから」
    旦那の親しみやすそうな口調に、俺の口もついつい緩んだ。
    「でも奥さんには話すのでしょう」
    「はは。それはご勘弁下さい、妻には店も手伝ってもらっているし、隠し事のないようにしているので」
    いい雰囲気だ。俺はもう、てっきり採用が決まったものだと思って、気を抜いた。

    「突発性液状化症候群……ってご存知ですか?」
    俺がそう言うと、旦那が面くらったような顔をした。
    この時点で、俺はやめておくべきだった。人に話したところで、信じてもらえるはずがないからだ。
    しかし、再就職が決まりそうな気の緩みと、いい人そうなこの旦那のせいで、もう限界だった。本当は、あの忌まわしい事件を、誰かに話したくて堪らなかったのかも知れない。
    「死んだ人間が一定の条件下で液状化するんです」
    旦那はまじまじと俺を見つめた。それでも俺は喋り続けた。
    「その、液状化した女に、俺は会ってしまったんです。年は十六、七で……。人の形をしてるのに人じゃなかった。俺は怖くて」
    胸につかえていたものを一気に吐き出すみたいに、俺は身を乗り出した。
    「ちょ、ちょっと比嘉さん。落ち着いてください。まずは水でも飲んで──」
    旦那の制止も聞かず、俺は喋り続けた。
    「俺はあいつに会って殺されかかって、それで肉が駄目になったんです」





    半年前のことだ。
    当時、大型スーパーマーケット『フード・チェイン』の精肉部で働いていた俺は、数日前から店に見慣れない客が来るのに気付いた。
    年齢は、女子高生くらいに見える。だが、雰囲気がどうにも少女らしくない。
    あまり洗っていないと思われる、真っ黒で脂ぎった髪を三つ編みのお下げにして、服装はと言えば水玉模様のだっさいポロシャツ、膝下あたりまでのスカート、素足にスニーカー。
    おまけに服のサイズが合っていないのかぶかぶかだ。ここ数日、手ぶらで店にやって来ては売り場を彷徨って、結局何も買わずに帰る。

    「店長、あの女の子、ここ数日ずっといますよね……」
    肉を陳列しながら、俺は当時の店長に小声で話しかけた。
    「若いけれど、浮浪者か何かでしょうか。それとも少しおかしい子でしょうかね。警察に連絡した方が……」
    「滅多な事を言うんじゃない」
    厳格な店長は俺の失言に眉を潜めてそう言ったものの、しばらくして不意に俺の腕を掴み、事務所に引っ張って行った。
    「ど、どうしたんですか」
    お客様の目のつかないところまで来てから、店長は真面目な顔で俺に尋ねる。
    「比嘉の知り合いじゃないのか、あの子?」
    思ってもいないことを言われ、俺は目を剥いた。
    「まさか!どうしてそう思われたのか、心外ですよ」
    俺は独身だし彼女もいないし、友達だって多い方じゃない。仕事は真面目にやるが、店の人間とも最低限の付き合いだ。だからって、あんな薄汚い娘と同類に思われるなど我慢ならなかった。
    それとも、店長の目には俺がああいう風に映っているのだろうか?
    「いや、すまん。俺もあの子をしばらく見ていたんだが、何だかお前の方を凝視しているように見えたんでな」
    「ええ!?確かに、たまに目が合うことはありましたが……」
    しかし言われてみれば、少女はお菓子コーナーには目もくれず、精肉や鮮魚コーナーあたりをずっとうろついていた。
    品出し中の俺が「いらっしゃいませ!」と元気に声をかけたら、逃げるように去る。
    最初は万引きを疑ったものの、少女はカゴもバッグも持っていないし、俺の見た限りでは、商品に触ろうとすらしていなかった。
    「まあ、関係ないならいいんだ。それじゃあ、レジのバイトの子たちに、気をつけるように声をかけておくよ」
    そう言って店長はレジ主任を内線で呼び出した。俺は事務所を出て売り場に戻り、品出しを再開した。
    俺目当て……?確かに、こういう職業柄おばちゃんには好かれるし、たまに「お兄さん独身?うちの娘も独りなんだけど」と全く有り難くない話を持ちかけられたりするが、冗談じゃない。
    美少女ならともかく、小汚い浮浪者崩れに意識を向けられても嬉しくもなんともない。店長の勘違いだったらいいのだが。

    「あの、比嘉主任。ちょっといいですか」
    特売品の補充を終えた頃、バックヤードから部下が飛んできた。
    「おいおい、店内は走るな。どうした?」
    「はい、あの……実は、例の女の子が主任に聞きたいことがあると」
    俺はぎくりとして店を見回した。店長と話している間に、いつの間にか売り場から少女の姿は消えていた。
    まさか、勝手にバックヤードに入ったのか?一体何が目的なんだ。
    「ここは従業員の作業場だから、入って来られちゃ困るよと言ったんですが、聞かなくて……対応願えますでしょうか」
    「わかった、すぐ行くよ」
    うんざりした気持ちで、部下に引っ張られるままバックヤードに向かう。
    梱包材の箱に寄りかかるようにして、黒髪の少女が立っていた。俺の事をじっと見ている。
    部下はさっさと肉を捌く作業に戻り、その場には俺と不審な少女だけが残された。


    「こんにちは。今村スミレと申します」
    深々と頭を下げる。思っていたよりも知的で落ち着いた態度に、俺は驚いて少女を見つめた。もっとぼそぼそとした、陰気な喋り方をするものだと思っていた。
    「あ、ああ……いらっしゃい。精肉部主任、比嘉石矢です」
    俺もつられて自己紹介をする。なんだ、この茶番は。
    「お仕事中に申し訳ありません。何度も話しかけようとしたのですが、勇気が出なくて」
    心底申し訳なさそうに言う少女に、俺は戸惑った。態度だけ見ていれば、躾のいいお嬢さんだ。どうしてこんな不潔な恰好で、店内に入ってきたのか不思議なほどに。
    「……俺に何の用かな?」
    話が通じる相手ではあるようなので、慎重に尋ねる。
    勝手に侵入したのは困るが、俺に用があるのなら聞いてやってもいいと思えるくらい、少女の態度はきちんとしている。とても今時の女子高生とは思えない。
    「はい、単刀直入に申し上げます。実は私、あなたを食したいと思っているのです」
    「はっ?」
    目が点になった。
    少女は真剣な顔をして、辺りを伺いながら早口で告げる。
    「驚かずに聞いてください。私は一度死んで生まれ変わった液状人間なんです。生きるために、あなたの養分を必要とするんです」
    本日の特売は牛乳おひとり様1本限り99円、黒毛和牛1パック333円………
    店内放送が遠くで響く中、少女のシリアスな声が妙に浮いていた。
    「あ、はは……」
    俺は乾いた笑いを浮かべると、少女に近づいた。
    「うん、わかった。わかったからそういう楽しいお話は、学校のお友達同士でやろうな。さ、今日はもう帰りなさい」
    少女の腕を掴んでバックヤードから連れ出そうとする。と、足が動かない。
    俺は自分の足元を見た。足の裏が、まるで接着剤を張り付けたように床に固定されている。
    肌色と白と赤が混ざった、得体の知れない液体が、少女の足から俺の足にかけて糸を引くように繋がっていた。
    「ひ……!」
    異様な状況に声を漏らす。
    一瞬、少女が失禁でもしたのかと思った。だが落ち着いて考えれば、人間の尿はこんな色ではないし、粘性もない。
    この色は……そうだ。子供の頃親に連れられて行った、鍾乳洞を思い出した。暗い所で垂れ下がった氷柱上の物体に、俺は何故か神秘と同時に恐怖を覚えたのだ。
    「帰るところなんて私にはありません。私は一度死んで液状化したのですから」
    何を言っているのか意味不明だったが、辛うじて液状化、という単語だけは理解できた。
    「え、液……?」
    足を捕らわれたまま、俺は少女の言葉をオウム返しにする。
    人は死ねば火葬される。埋葬方法は地域によってさまざまだが、少なくとも日本の多くの地域はそうだ。
    焼かれれば、骨もわずかしか残らない。液体になるなど聞いたこともなかった。それとも事故か何かで、血液が噴き出したと言う話か?
    少女の話をいつしか真剣に聞いている自分に気付いた。それほどに少女の声には感情がこもっていた。
    「ええ。突発性液状化症候群、と言うらしいです。見て下さい、このように」
    見れば少女の足は溶けていた。血液などではない、卵と小麦粉を水で溶いて、食紅を落としたような色だ。
    少女の履いていたスニーカーは脱げて、ぬめりつく液体の中でぷかぷか浮かんでいる。
    その液体はまるでバケツの水をひっくり返したように床に広がり、俺の足を縫い付けて離さない。
    「あなたが私の拠り所になって下されば、私は救われる。どうかあなたの中に入らせて下さい」
    低い声で少女は告げ、何故か悲しそうな瞳で俺を見た。
    「な、何を……」
    少女はすいと腕を伸ばし、俺の頬を優しく撫でた。暗闇に閉じ込められた子供が、無意識に親を求めて手を伸ばすように。
    「落ち着いて。あなたにとって悪い話ではないはずです。例えば……」
    食われる、と俺は判断した。
    理性ではなく動物的本能に近い。少女が俺の頬に触れた瞬間、それはまるで警告のように心に響いてきた。
    俺は悲鳴を上げて、少女の体を突き飛ばした。足は床に固定されたままだから、反動で後ろに倒れ、頭を強く打った。
    この目ではっきりと見た。夢なんかじゃない。少女の体は溶けて、俺を束縛して食おうとしていた……それは確かだ。






    「比嘉さん……」
    「比嘉くん……」

    二人の声で、俺は我に返る。
    目の前に、茫然としている恩納夫妻の顔があった。
    「あ……」
    その時になってようやく、俺は自分の失敗を悟った。
    青い顔をしている夫婦を前に、次の言葉が出てこなかった。
    「え。と、その……」
    過去の記憶を振りほどき、現状を把握する。
    俺は失業中で、取りあえずバイトでもなんでもいいから食いつなぎたくて。
    たまたま再会した女の同級生が、旦那と一緒にレストランを経営していると知り。
    厨房の隅っこででも働かせてもらえればと、面接の真っ最中だったのだ。
    俺は己の失敗を悟った。とんでもないことを口走ってしまったと思ったが、今更取り返しは付かない。
    どう弁解してもこの二人の目には、俺の頭がおかしくなったとしか映っていないだろう。
    「いや、いいんですよ」
    ひきつった顔をしながら、旦那は目を逸らす。
    既に俺を見ていなかった。とんでもない奴を連れて来たなと言いたげに、隣にいる妻を見ていた。
    もはや食べ物の味も分からず、冷えた食事を前に恐縮している俺に、旦那は当然と言えば当然の結果を告げる。
    「だいぶお疲れのようですね。すみませんが、今回の話はなかったことに」


    無駄な時間を費やしたといった顔の旦那に見送られ、俺はとぼとぼと店舗を後にした。
    「待って、比嘉くん」
    サンダルの音がして、伊藤……いや、恩納が駆け寄ってくる。
    「これ、店のチラシと、サービスで配ってる野菜ふりかけ。もらってって」
    二つ折りにした紙にふりかけ一袋をホッチキスで止めたものを、俺に押し付けてくる。
    「ありがとう。ごめんな、せっかく紹介してくれたのに何だかテンパって迷惑かけちまって」
    元同級生に、元社会人として、謝っておく。これが原因で、彼女が旦那と気まずくなったりしたら申し訳ない。
    まあ今後、二度と会うこともないだろうけどな。同窓会とか行かないし。
    「それはいいんだけど……」
    しかし、恩納の態度は俺が予想していたのとは少し違った。
    「さっきの話、もう少し聞かせてくれる?ここじゃなんだから車に乗って」
    結婚すると女は図々しくなると言うのは本当らしい。正直一人にして欲しかったので、俺は鬱陶しそうに首をひねった。
    「旦那はいいのかよ」
    さっきので頭がおかしい奴だと思われたはずだ。そんな奴と一緒にいるのは、既婚者である彼女のために良くないのではないか。
    「家まで送ってあげなさい、って言ってくれたわ。面接で断った相手も、今後お客さんとして店に来てくれるかも知れないんだから、丁重に扱えって」
    やっぱりいい女にはいい男がつくんだな。俺には一生関係ない話だ。
    「へいへい、理解のある旦那で結構だな。どうせからかうつもりなんだろ、遠慮しておくよ」
    「大事な話なのよ!」
    恩納は声を荒らげた。彼女らしからぬ迫力に俺は息をのむ。
    彼女の白い手が、俺の腕を強く掴んでいた。料理人の妻だけあって爪は短く清潔に整えてあったが、握力が半端ない。
    「液状化した人間を見たって言ったわよね。詳しく教えて」


    「あたしの妹……伊藤由布って言うんだけど。高校を卒業してすぐ、交通事故で死んだの」
    不採用のショックに打ちひしがれる俺に、追い打ちをかけるように陰気な話を振る恩納の神経を、俺は激しく疑っていた。
    まあ落とされたのは彼女のせいではないし、そもそも彼女に懇願して無理に面接をしてもらったのは俺だし、彼女は何も悪くない。
    「それはご愁傷さまで」
    俺はいいかげんに相槌を打つ。彼女に双子の妹がいたのは知っているが、クラスが違ったから話したことなどないし、心の底からどうでもいい。
    ハンドルを握る彼女の横で、窓ガラス越しに青い海を眺める。家に帰るのが憂鬱だった。俺の気持ちを察してか、彼女の運転する速度は緩やかだ。次々に他の車に追い抜かれている。
    恩納の話はまだ続いていた。
    「その由布が先日、ふっとあたしの前に現れたの。東京じゃなくて、この沖縄によ?」
    俺は窓から視線を離し、恩納を見た。彼女の横顔は真剣だった。
    彼女がどうしてそんな話をするのかわかった。「頭のおかしい」俺なら信じてくれると思ったからだろう。
    俺だって、このもやもやした気持ちを誰かに話したい気持ちでいっぱいだった。でも彼女の見た「それ」が同じものだとは限らない。
    「言っておくけど、俺が見たのは液状化した人間だ。幽霊じゃない」
    「もちろん、そうよ!」
    恩納は強い語調で言う。
    「ちゃんと聞いて。幽霊とかじゃなくて、足もちゃんと付いた、死んだ時のままの若い姿で現れたのよ」
    「……服装は?」
    「裸だった」
    それじゃやっぱり俺の見たのとは違うな、と思いかけてふと気付く。
    そう言えばあの娘は、ボロいとは言えちゃんと服を着ていた。死んだ人間だと言うのなら、あの服はどこで手に入れたんだ?
    「確かなのか?他人の空似とかじゃなくて」
    「見間違えるわけないでしょう。あたしと同じ顔なんだから」
    きっぱりと恩納は言い切り、ハンドルを切って右折する。
    「おい、どこへ……そっちは俺の家の方角じゃ」
    シャッターの降りたタバコ屋の自販機の横に、車は急停止する。こいつ運転下手糞だな、と俺は旦那に同情した。
    「降りて」
    「なんだよもう。送ってくれるんじゃなかったのかよ」
    俺が口をとがらせると、恩納は先にさっさと降りてしまった。
    車のキーは差したままだ。そんなに時間はとらせないと言うアピールだろう。

    「ここよ、由布に会った場所」
    自販機の下は川が流れていて、排水溝の下で涼しげな音を響かせている。
    「この排水溝に呑みこまれて消えたのよ。一瞬でドロドロに溶けて」
    「……会話はしなかったのか?」
    「怖くて、とても……でも、あたしの方を見たわ。間違いなく由布だった」
    噛み合わないな、と俺は苦笑する。
    こっちは、知らない娘に殺されかかって恐怖を感じた、という話をしているのに、一方の恩納は、死んだはずの妹に会って怖かった、と主張してくる。
    死んだ肉親に会えたのはむしろ光栄で、怖がるべきことではないように思えた。命の危険を感じた俺にしてみれば非常に贅沢で、その程度で騒ぐのは大袈裟だ。
    彼女は否定しているが、多分幽霊か見間違いだろう。
    「妹に会えたんだから、いいじゃないか。襲いかかってきたわけではないんだろう?」
    彼女の言うのはただの怪談で、俺の実体験とは違う。もしかしたら俺を励ますために、作り話をでっちあげているのかも知れなかった。
    「でも、実際に目の前で溶けて消えたのよ。それって比嘉くんの言う液状人間になったんじゃないかって思ったの」
    恩納はなおも食い下がってくる。
    まあ考えてみたら、こいつが俺に気を遣って話を創作する義理なんて一切ないわけだし、妹の事がそれだけ大事だったのかも知れない。
    「だとしたら、妹はまだどこかで生きているのかも。それを考えたらいても経ってもいられなくて、その後、ネットでいろいろ調べたのよ」
    俺も、実はあの娘の言っていた言葉を検索したことがある。『突発性液状化症候群』。
    まさか本当にそのキーワードでヒットするとは思わなかったので、その時は驚いた。火葬の多い日本では聞かないが、実際に、海外ではいくつか症例があるらしい。
    死んだ人間に症例と言うのも妙な話だが、海外派生の現象を無理に日本語に訳すとそうなるのだろう。
    土葬した後に墓を掘り起こしたら、棺の中が蛋白質を主成分とする液体で満たされていたとか。殺人犯が死体を放置していたら、腐ることもなくいつの間にか溶けて消えたとか。
    ただ、それは本当に「液化する」だけで、その後生前の姿に戻って徘徊し、言葉を持って人を襲うなど聞いたこともない。あまりにも非科学的で、まるでファンタジーの世界だ。

    「食べさせて欲しい、って言われたのよね。その液状化人間に。あたしの場合は、たまたま肉親だったから、何もなかったのかも知れないけど」
    「……ああ」
    もうひとつ疑問に思ったことがある。
    恩納の見たのが液状化人間だったとして、食われなかったのは肉親だったからか?それとも別に理由があるのだろうか。
    そもそも、人間なら誰でもいいのなら、俺じゃなくても良かったはずだ。世の中にはこれだけ人がいるのに、ピンポイントで襲われる心当たりなど俺にはない。
    「どうやって逃げられたか、覚えてる……?」
    恩納は不安そうに尋ねてくる。
    俺はようやく、彼女の不安の意味が判った。もしも、恩納や俺が連中に襲われる「条件」のようなものを満たしているのだとしたら、再び狙われる可能性があるのだ。
    俺は迷った。実は、夫妻には話していなかった結末がある。
    全て話していいものか、本当に迷った。下手をしたら罪人扱いされる。
    「比嘉くん?」
    恩納の目は不安に揺れている。俺は観念して口を開いた。
    「あくまで俺の場合だけど……凍らせたんだ。冷凍庫に閉じ込めて逃げて来た」
    絞り出すような俺の声に、恩納は目を大きく見開く。
    驚くのも無理はない。だからこそ、面接の時だって全てを話さなかった。





    あの時。

    「大丈夫ですか?」
    仰向けに倒れて頭を打った俺に、今村スミレは心配そうに話しかけて来た。
    「信じてもらえないのも無理はありません。ですが、話は最後まで……」
    聞き終えた後が俺の最期だと思った俺は、ふらつく頭を抱えながら必死で言葉を紡いだ。
    「お、落ち着いて話そう。まずは足を放してくれ」
    「落ち着いてないのはあなたですが」
    ツッコミを入れつつも少女は俺の足を開放した。下半身が完全に床と同化しており、やはりこいつは人ではないと思った。
    誰か、と助けを求めれば良かったかもしれない。あいにくバックヤードには今人がいなかった。俺は腰が抜けたまま、這うようにして冷凍庫へ向かった。
    「比嘉さん、どこへ行くんです」
    図々しく名前を呼ばれた。
    「に、肉の在庫の確認……」
    人は極限状態に陥ると、普段と同じ行動を取ってしまうものなのかも知れない。大声を出せば人は来てくれるだろうが、何故か俺の足が向かうのはそっちだった。
    「私も行きます。まだお話が終わってませんから」
    ひたひたと少女が近づいてくる。
    「け、けど、冷凍庫は寒いぞ、女の子は冷えると良くない……」
    女の子扱いされて嬉しかったのか、少女は微笑む。
    「じゃあやっぱりここでお話ししましょう。私は本当に寒さに弱くて、凍ってしまうと動けなくなるんです」
    ぽろりと洩らされた発言に、俺は耳を疑った。
    よく考えてみれば、俺を襲うつもりの奴が、弱点を明かしたりするはずがない。だが、その時の俺は、一刻も早くこの異様な状況から逃れることで頭が一杯だった。
    「き、今日は忙しいんだ!俺は君と違って働いてるんだから……ら、来週なら時間が空くから、その時に来てくれ」
    苦し紛れの説得だったが、相手は意外にもあっさり引き下がった。
    「わかりました。来週になれば聞いて下さるんですね」
    「あ、ああ、約束する!」

    そして一週間後、少女は何食わぬ顔で再び俺の目の前に現れた。
    出来れば夢であって欲しいと願っていた俺の希望は、あっさり粉砕される。
    「私と一つになる決心はつきました?」
    嬉々としてそんなことを言い出しやがる。食われる決心なんてつくわけないだろ、アホかこいつ。
    色々悩んだが、警察に連絡してもとりあってくれるはずがないし、店長たちに迷惑はかけられない。俺は一人でこいつを撃退することにした。
    「今村スミレ……だったな。おばけなんてないさ、って歌は知ってるか」
    被っていた猫を外して俺は言う。もはやこいつはお客様ではなく外敵なのだから、丁寧に話す必要はなかった。
    「いえ、知りません。どんな歌なんですか?」
    ふうん、と俺は呟く。結構有名な歌なんだが、幼稚園か小学校で習わなかったのだろうか。まあ、知らないなら好都合だ。
    「おばけなんて嘘さ、寝ぼけた人が見間違えたのさ、って歌だよ」
    言いたいことを察したのか、今村スミレは顔を顰めた。
    「私はお化けではありませんし、見間違いでもありません。ここに実体となって存在します」
    俺は背中に液体窒素の容器を隠しながら、緊張のあまりごくりと生唾を飲み込んだ。
    「それなら、もう一度溶けて見せてくれないか。この間みたいに一部だけじゃなくて、完全な液状になってくれ」
    挑発に、彼女はあっさり乗った。
    「お安いご用です」
    妙に時代がかった台詞とともに、今村スミレは瞼を伏せる。そしてすぐにその輪郭はぐにゃりと変化し、人の形は崩れる。
    「よ、よし。俺がいいって言うまで、そのままで……」
    実際に目にすると震えが止まらない。この場から逃げ出したいくらいだった。
    液状人間から、返事はない。全身ドロドロに溶けた状態になると、口はきけないようだ。顔も溶けるのだから、聞こえているのかも不明だ。
    「その歌には続きがあるんだ」
    震える声で言いながら、液体窒素の蓋を開ける。
    「冷蔵庫に入れて、かちかちにしちゃおう、ってな!」
    告げた瞬間に、液体がわずかに隆起した気がした。再生されたらやばい。俺は素早く液体窒素をぶっかけた。
    少量だが、液状化して小さくなった奴にはこれで十分だった。怪しい液体はみるみるうちに凍りつき、さながら冷凍肉の塊のようになった。
    俺の足は、ガタガタと震えていた。とんでもないことをしてしまったという罪悪感と、これで食われずに済んだという開放感で。
    そのままハンマーか何かで砕けば、完全に死んだかも知れない。けれど、被害が拡散する恐れがあったし、未知のものにそれ以上手を出す勇気はなかった。
    万が一、砕けた状態から常温に戻した後、再生したら……その時数が増えていたら?想像したくもない。
    そうして、塊のようになったあいつを、他の肉と一緒に、それでも区別はつくように、現場に残された服でぐるぐる巻きに包んだ。
    冷凍庫の奥に押し込め、そのまま逃げるように退職したのだ。
    その後、それがどうなったか知る由もない。隠しておいても、棚卸しの際に発見されるだろう。俺は精神的に病んでしまい、三日寝込んだ。当分は、肉を見るのも嫌になった。






    「人殺し」
    冷たい声に、俺は顔を上げる。
    見れば、恩納が冷やかなまなざしで俺を見ていた。
    「な……」
    目の前にあるのは、俺が知っている恩納の表情とは明らかに違った。
    心底軽蔑したような口調で、恩納は軽く腕を組んだ。
    「人殺し。何もそこまですることないじゃない」
    先程まで比較的穏やかに話をしていたのが、信じられないほど冷たい恩納の表情に、俺の全身の血がすっと冷えた。
    俺だって、最初は誰にも話すつもりなどなかった。
    だからこうして沖縄に逃げて来て、新しい人生を歩み出そうとしているのに、この仕打ちはあんまりだった。
    だいたい、きっかけは俺だけど、その後追いかけて来て、わざわざ話を振ってきたのは恩納じゃないか!
    「ち、違う!俺は人殺しじゃない、相手は化け物だったんだ!!」
    俺は自分の行いを正当化したかった。正当防衛だったのだと、恩納に慰めを期待していたのだ。
    こんな風に一方的に罵られるいわれはない。
    「証拠はあるの?全部あなたの妄想で、普通の女の子だったのかも知れないじゃない」
    恩納の追及はやまない。
    何なんだ、今日は。面接は断られるわ女に言いがかりをつけられるわ、踏んだり蹴ったりだ。
    こんな女の店で働こうなんて思ったのが間違いだった。俺は顔を真っ赤にして反論した。
    「普通の女の子が溶けたりするか!じゃあお前、東京の本店に行って確認して来いよ!もし、まだ肉の塊があったら──」

    「ええ、そうするわ」
    告げられた言葉の真意が掴めず、俺は固まる。
    恩納はさらりと髪をかきあげた。次の瞬間、彼女の姿は視界から忽然と消えた。
    本当に何の前触れもなく、忽然と消えたのだ。
    「お、恩納……?」
    うろたえて周囲を見回す俺の足元から、小さな声が聞こえた。
    「ここよ、ここ」
    じっとりと背中に汗が滲む。
    あの時と同じ状況だった。見てはいけない、と思いつつも、俺はのろのろと視線を下に向ける。


    そこには、肌色の液体があった。水溜りのような液の上に、恩納の顔だけが乗っかっている。
    異様な光景に、俺は口元を覆った。その場に嘔吐しそうになったが、辛うじてこらえた。
    「恩納……お前は、旧姓、伊藤美衣、だよな……?」
    何だこれ。
    俺は悪い夢でも見ているのか?
    本当はまだ東京のスーパーの精肉部で働いていて、今までのことは全て疲労で見た夢なのか?そうだったら、どんなにいいだろう。
    「違うわよ」
    俺の絶望をよそに、液体女はくすくす笑う。
    地面にこぼれた液体が、間欠泉のようにバシャッと噴き上がり、たちまちその姿は元の人間状へと戻る。
    服だけは、元には戻らない。当たり前だが、脱ぎ散らかした状態で液体に浸かっている。
    「あたしの名前は、伊藤由布。双子の姉の方が、伊藤美衣。あなたは最初から由布と話してたのよ」
    溶けて再生した後の恩納は、全裸だった。ふっくらとした三十路女の乳房が、俺の目の前にある。喜ぶべき状況では全くなかった。
    「それじゃ……」
    俺はぺたりとその場に尻餅をついた。
    途中までが本当の話だとしたら、今目の前にいるのはまさに、あの時と同じ溶解人間なのか。
    全身が震え、歯の根が合わない。俺たち二人の姿は閉まっているタバコ屋と車の間に挟まれて、通行人からは見えにくい。
    こいつは最初から、俺をここに誘いこむのが狙いだったのか?
    どうして、どうして俺だけがこんな目に遭わないといけないんだ!

    「あたしは数年前、この辺りで車に跳ねられて死んだわ。でも火葬された後に、どういうわけかこんな身体になって復活した」
    聞いてもいない身の上話を、恩納の妹は延々と語り始める。
    「蘇ってみたら便利なものよね。どんな隙間にも入っていけるし、警察に侵入して、あたしを轢き逃げした奴の所在をつきとめることも簡単だった」
    そいつがどうなったのか、この女の顔を見ていれば聞かずともわかる。
    「ただ難点は、人を食わずにはいられないところね。しばらく食べないと、死にはしないけど元気はなくなるの」
    死なないという言葉が、俺を激しく憤らせた。
    それなら我慢しろ。元気がなくなるだけなら、人を襲って溶かす必要はないじゃないか。叫びたいが、声が出ない。
    ふと、伊藤美衣のことを思った。妹が姉になりすまして生活しているのだとしたら、俺が知っている姉の方はどうした?
    「お前、まさか姉を殺し……」
    「人聞きが悪いわね、姉はショック死よ。あたしが人を食べるところを見たら、泡を吹いて倒れて動かなくなっちゃっただけ」
    「当たり前だ!」
    今度はどうやら声が出た。
    何てことだ。俺が知っている伊藤は既に死んでいた。よりにもよって、この溶解人間に殺されたようなものだ。
    「せっかくだから死体は食べたけど……女はまずいからあまり好きじゃないの」
    女は食べない、だって?
    だから俺は狙われたのか?しかし、俺の職場には俺より若いバイトの男だっていたぞ。
    「ただ、食べることで対象の記憶を取り込めるからそうしたってわけ。双子だもの。入れ替わるのはそれほど難しくなかったわ」
    「相手の記憶を……」
    ぞっとする。死んだ相手の身体を溶かして記憶ごと取り込んで、なぜ平然としていられる。
    肉親に対して血も涙もない行動だ。人であった頃の価値観は、死んだ時点で手放してしまうのだろうか。
    「旦那は知ってるのか。あんたが妹の方だってこと」
    この二人の夫婦生活を想像したら、気持ちが悪くて仕方ない。
    妻が死んだのも気づかず、その双子の妹とセックスする夫。姉の記憶を奪い、何食わぬ顔で妻を演じる妹。
    「知らないし、知らせないわ。これからも彼と一緒に暮らしていくつもり」
    ただ、と言いながら女は俺を肉食獣の目で見つめる。
    「あなたはあたしたちの弱点を知ってるし、あたしの正体も話しちゃった。このまま帰すわけにはいかないの」
    「お前が勝手に話したんだろう!」
    俺はポケットに突っこんでいたふりかけ付きチラシを、女の顔面めがけて投げつけた。
    その隙に相手の脇をすり抜け、道路に走って出た。

    「誰か、助け──」
    ずん、と背中に衝撃を感じた。肋骨の上あたりが熱くなり、それで貫かれたのだとわかった。
    膝から力が抜けて行く。地面にくず折れた俺に、ひたひたと相手が近づいてくる。
    視界が白くかすんでいく。目の前にいるのは人間ではない、死んで液状化を済ませた溶解人間だった。
    「そう怖がらないで。優しくしてあげるから」
    こんな真似をしておいてよく言う。俺は力なく笑った。
    思えばつまらない人生だった。学生時代はひたすら地味に過ごし、学校を出てからは毎日仕事して寝るだけ。そしてここで食われて死ぬのか。
    「何で、俺なんだ。俺なんてガリガリだし、もうすぐ三十だし、他にもっと美味そうな奴いるだろ!」
    「うーん」
    伊藤由布は困ったように首をかしげた。
    「はっきりした理由があるんだけど、言ったらあなたが傷つくから言わない」
    引っかかる台詞だったが、傷つくと聞いて俺は追求するのをやめた。きっとろくな理由じゃないんだろう。
    「化け物に、人を気遣う心があったとは驚きだ」
    精一杯の皮肉にも、女は動じず、転職活動に疲れてやつれた俺の頬を撫でる。
    「あたしたち姉妹は本州出身だけど、昔から南の島には憧れてたの。姉がこっちに嫁いできたのもそのせいね」
    どうでもいい昔話がまた始まった。
    「やっぱり沖縄の男はいいわ。この独特の濃い顔立ち、日に焼けた滑らかな肌……汗のにおい。たまらない」
    扇情的な紅い舌が俺の頬を舐め、滲んだ汗を口に含む。
    「触る……な」
    ぬめる液体に包み込まれて、再び車の陰に引きずり込まれる。
    「助けてくれ!誰か──」
    伊藤由布の顔が近づき、唇をふさがれる。いや、食われる。
    「それで、さっきの話の続きだけど、酷いことするのね」
    その声は薄い膜を通して聞こえた。女の舌が口だけでなく鼓膜まで侵入したのがわかった。
    痛みは感じないが、気持ちが悪くてたまらなかった。口から食道にまで粘液が入り込み、息苦しくなって空気を吸えば、女の唾液が粘膜にしみ込んでくる。
    「あなたが退治したのは恐らく、いいスライムだったのに」
    苦痛の中、女の声は俺を責めるように響く。
    「う……ぐ……」
    いいスライム?
    言葉を頭の中で反芻する。思考が霞みがかってぼんやりしてくる。
    「スライムなんて言い方は俗っぽくて嫌いだけど、液状人間も言いにくいから、便宜上そう呼びましょう」
    伊藤由布は俺の服を溶かしながら、口や鼻から徐々に胃袋にまで入り込んでくる。まるで胃カメラを入れられているような不快感だ。
    「人を食べる種だけじゃないわ。寄生するだけで無害だったり、身体の中に入って腫瘍を食べたり、排泄物を処理してくれる子だっている」
    「そ、んな……知らない……」
    苦しくなって身を捩っても、開放はされなかった。こいつは本気で俺を溶かして食べる気だ。
    「知らないなら今、知っておきなさい。あなたが凍らせたのは多分そのタイプよ」
    「なん……だって……」
    俺は必死で記憶を探る。
    そうだ、礼儀正しいあの娘は俺に言ったのだ。「あなたの中に入らせて下さい」と。
    言葉の意味を深く考えようとはしなかった。溶かされ、食べられると思い込んでしまった。
    俺はとにかく怖くてたまらなくて、あの子を騙して凍らせたのだ。

    「馬鹿よね、あなた」
    憐れむように女は言って、触手のような肌色の先端であらわになった俺の乳首をつつき、男にとって一番大事な部分を、きゅっきゅっと扱きあげた。
    生理現象で出てくる白い先走り汁を、女は上手そうに舐めた。化け物でさえなければ、俺は感動したかも知れない。
    そう俺は童貞だよ、悪いか?初めての、そして最初で最後の相手が人外だなんて、悲し過ぎて涙も出ない。
    「大人しくその子の言うことを聞いていたら、他の子に食べられないように、一生守ってくれただろうに」
    女の言葉のひとつひとつが、俺の胸に突き刺さってくる。
    「わかる?比嘉石矢。被害者ぶるのもいい加減にしなさい。この世は弱肉強食……あなたは自分から、助かる道を放棄したのよ」
    俺は愕然とした。
    あいつ──いや、あの子がその後、どうなったか知らない。
    店の誰かに、恐らく発見されるだろう。その後、不審な肉塊としてどこぞの大学の研究室に運ばれて、それで謎が解明されることを俺は祈っていた。
    しかしもし、あの子が誰にも捕まらずに復活したら。いや捕まったとしても、温かいところで解凍されれば逃げることなど簡単だ。
    もし、俺があんなことをしたせいで、人間不信が植え付けられて、善良なスライムから凶悪なスライムに変わってしまったとしたら。
    それで復活した時に人を襲い始めたら、完全に俺の責任だ。

    責任……?
    俺はふっと自嘲する。
    いや、そんなことはどうでもいい。俺はこれから死ぬのだから。

    あの子、今村スミレには詫びても詫び切れない。
    彼女はただ、俺と共生関係にありたかっただけなのだ。
    俺の中に入って、俺の排泄物を食べて一緒に生きていけたらと、そう願っていただけなのだ。
    その気になれば、俺の許可なく侵入することだってできた。しかし彼女は人間だった頃の良心を保っていて、わざわざ俺の目の前に現れ、許可を求めたのだ。
    そんな善良なスライムを、俺は凍らせて封印した。冷凍庫の奥深くに。
    彼女の話を最後まで聞いてれば、今俺を食おうとしているこの悪型スライムから、守ってくれたかも知れないのに。
    『あなたが私の拠り所になって下されば、私は救われる。どうかあなたの中に入らせて下さい』
    あの時の彼女の眼は、寂しそうだった。少女に見えていたが、それは死んだ当時の年齢だ。服装も態度も、とても今時の子ではなかった。
    人間であった頃の『今村スミレ』が死んでから何十年も経っていたのだとしたら、恐らく彼女の親は死んでしまっている。
    彼女は人との触れ合いを求め、敢えて俺に話しかけてきた。その手を、俺は振り払って凍結したのだ。

    「後悔してる?」
    俺を取り込んだまま、伊藤由布は笑う。
    ああそうだ、後悔しているよ。でも今更どうしようもない。
    「比嘉さんに会ったおかげで、いい話が聞けたわ。日本には、あとどのくらいのお仲間がいるのかしら」
    お仲間……死んで液状と化した人間が、他にも本州に生息するのか。
    一人で生きて行くのはつらい。仲間で群れて生きたがる。それは、人間もスライムも同じらしかった。
    この女は俺を食った後、今村スミレに会いに行く気だ。居場所は既に教えてしまった。彼女はどうなるのだろうか。
    こいつらの世界に、共食い、などあるのだろうか。
    「ないわよ。ただ、餌を巡って殺しあうことはあるけどね?」
    思考が読まれた。頭がじわりと熱くなった。俺の脳が食われる。記憶が、浸食される。
    「……っ……か……」
    熱くて舌が回らない。俺の首から上は既に女の液体に溶かされていた。
    そのまま、持ち上げられる。液体の中に全身がすっぽり覆われるのが判った。
    視界が肌色に染まる。女の内部に取り込まれたのだ。
    とくん、とくんと、女の心臓の音が聞こえる。母親の胎内にいるように俺は感じた。
    抵抗する力が失せていく。虚しく片腕を上げれば、既に手の皮膚は溶け、むき出しの骨が見えていて箒のようになっていた。
    顔も、自分では見えないが恐らく酷い状態だろう。曲がりなりにも二十九年生きて来た俺と言う存在が消え、女の一部と化していく。
    「ねえ比嘉さん、あたしならあなたを産み直してあげられるかも」
    「産み、なおす……?」
    「可能性は低いけど、ないわけじゃないわ。養分になって、もう一度赤子からやり直させてあげる」
    もう目が見えない。溶けかかった指先にざらついたものが触れる、これは俺の抜け落ちた髪の毛だとわかった。
    俺の心臓の鼓動はこの女と一体になって、永遠に一緒に生き続けるのだろう。
    女の胃袋の中で生きながら消化され、柔らかくなっていく俺の身体を、女がさわさわと愛撫する。腹の中の子供を、守るように。
    それもいいか、と俺は思う。女の鼓動に反比例して、俺の鼓動は次第に弱くなっていく。
    彼女もない、仕事もない、親は未だに俺が東京で就職したことを根に持って冷たい。俺が生きていても喜ぶ奴なんていない。

    「どうでも、いい……」
    それは、まさに俺の人生を象徴するような遺言だった。
    俺の意識はそこで本当に途切れ、『比嘉石矢』としての人生は終了を迎えた。







    二年後、沖縄でも有名な菜食レストランの若夫婦の間に、子供が生まれた。
    元気な男の子で、泰司と名づけられた。
    妻の方は、妹の死や、同級生の謎の失踪を乗り越えての出産だった。
    優しい夫は、妻の心労を察し、心から妻を労った。

    「良く頑張ってくれたな」
    「ええ。……たっぷり栄養つけたもの」
    その言葉の真意を、夫は知る由もない。




    テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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    ヨリドコロイド

    『女性に捕食されるスレ』に投稿したシリーズもの
    http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1268345774/l50




    【あらすじ】
    有名スーパーの店長を務める飯尾和成は、面倒見の良さとおおらかな性格で、店員や客の評判も上々だった。
    ある日和成は、精肉部の棚卸の際に、冷凍庫で凍っている肉の塊のようなものを見つける。
    それは、死亡後に極めて低い確率で液状化し復活を遂げた、いわゆるスライム人間だった。
    彼女の名は今村スミレ。見た目は女子高生程に見えるが、実は和成の母親世代の生まれである。
    諍いからホームレスに刺された和成の命を再生能力によって救った彼女は、これを縁に今後も寄生させてほしいと頼み込む。
     「うん、別にいいよ?君は命の恩人だしな」
    ここから、スーパー店長とスライム少女との奇妙な共同生活が始まるのであった。



    【目次】


    序章
    突発性液状化症候群
    スライムマミレ。
    捕食実況中継
    殺人クリーニング
    恋してEAT YOU
    環状線浪漫


    本章
    ・ヨリドコロイド 第一章 いいよ店長と原液女子高生



    番外編
    ホーム・ハンター・ホーム
    三日月のかけら




    【主な登場人物】

    ・飯尾和成(いいお かずなり)
     主人公。スーパーマーケット『Food chain(FC)』東京本店の店長。
     明るく鷹揚で、頼まれると何でも引き受けてしまう性格のため「いいよ店長」と呼ばれる。
     本人はそのことを全く負担に感じておらず、心の底から楽しんでいる。子供ができないのが唯一の悩み。

    ・今村スミレ(いまむら すみれ)
     一応ヒロイン。寄生系のスライム。昭和中期に死亡した元女子高生。
     性質は少々気難しく、宿主である和成だけに心を開く。石矢のことで責任を感じている。

    ・飯尾彼方(いいお かなた)
     和成の妻。ふっくらした体形で、穏やかな性格の良妻。
     スミレの存在にも理解を示し、実の妹か娘のように接する。

    ・大石宗太郎(おおいし そうたろう)
     『Food chain(FC)』の現社長。
     祖父の代から営んでいた鮮魚店を全国規模のスーパーにまで発展させたやり手。

    ・堂場凛(どうば りん)
     東京の各支店のエリアマネージャーで、和成の上司兼親友。
     凛としたキャリアウーマンに見えるが内面は非常に脆く、プライベートでは和成に頭が上がらない。

    ・澤口志緒(さわぐち しお)
     総菜部主任。パートから正社員になったベテランで、勤続二十年。
     誰に対しても甘い和成を心配しており、厳しいことを言いつつ母親目線で色々と世話を焼く。

    ・物部靖(もののべ やすし)グロッサリー主任。気弱だがたまに大胆な行動に出る。
    ・鈴木克夫(すずき かつお)鮮魚部主任。元は法律事務所に勤めていた。クール。
    ・那須林吾(なす りんご)青果部主任。職人気質。包丁捌きはFC1。
    ・鳥居豚平(とりい とんぺい)精肉部主任。陽気。意地でも減量はしない。
    ・金原恵那(かねはら えな)レジ主任。一児の母で、几帳面な性格。

    ・比嘉石矢(ひが いしや)
     精肉部主任を務めていた、沖縄出身の青年。スミレを拒絶後、別のスライムに食われて絶命する。

    ・恩納泰司(おんな たいじ)
     比嘉石矢が生まれ直した姿。生前の記憶を引き継いでおり、母を含め女という性に憎悪を抱く。

    ・伊藤由布(いとう ゆう)
     捕食系。双子の姉・美衣になり済まして石矢を捕食後、泰司を出産する。

    ・恩納美衣(おんな みい)
     旧姓・伊藤美衣。妹の由布を事故で亡くした後、沖縄に嫁ぐ。

    ・恩納仁(おんな じん)
     美衣の夫。沖縄で菜食専門レストラン『やさちゅら』を営む。

    ・吸田環(すいだ たまき)
     東京大空襲の際に死亡した女性。寄生系スライムの先輩として、スミレに助言をする。

    ・高須イオナ(たかす いおな)
     捕食系。ホテルで絞殺された平成の女子高生。快楽主義。面白半分で、男性捕食動画をネットに上げる。

    ・相馬千砂(そうま ちさご)
     捕食系。バブル期に交通事故で命を落とした。潔癖症で自己愛が強い。趣味兼仕事は部屋の掃除・洗濯。
     
    ・島袋ウイ(しまぶくろ うい)
     捕食系。沖縄戦の際に死亡。怠惰で行動範囲が狭いため極めて小食。

    ・尾中兵多(おなか へいた)
     吸田環の宿主で、登山が趣味の穏やかな男性。環に看取られ、老衰で死去する。

    ・種谷権兵衛(たねや ごんべえ)
     故郷の静岡に出戻って来た病弱な青年。己の甲斐性のなさに対する苛立ちから元妻の登志子に冷淡に振る舞うが、嫌っているわけではない。

    ・唐巣登志子(からす としこ)
     権兵衛の元妻で、彼にべた惚れしている。名古屋の空襲で死亡後、『労働寄生系』として生まれ変わる。夫婦で遊技場を経営するのが夢。

    ・辰巳志津(たつみ しづ)
     宿主の体内で吸血し死に至らしめる場合もある、『捕食寄生系』。権兵衛の所有権を巡って登志子と争う。




    ※今後も増えます




    【よくわかる液状人間(スライム)の特性】

    ・若い女性が死亡し火葬された後、骨のかけらが液状化して蘇った姿
    ・主に、男性を捕食する捕食系と男性の体内に寄生する寄生系に分類される
    ・彼女らが餌とする対象は「不妊男性」のみである
    ・通常形態は液状。捕食や寄生で力を蓄えることにより、人間の(即ち死亡当時の)姿を保つことが可能
    ・高い知能を持ち、不老不死、あらゆる物理攻撃が無効。体の一部だけ溶かすことも可能
    ・弱点は冷気。凍りつくと行動不能となる。また長期間餌にありつけないと冬眠状態になる
    ・温暖な気候を好む。東北以北で彼女らが発見された例はない
    ・生前の性格・職業が、スライムとしての能力に反映される
    ・捕食系は異性を惹きつける美しい容貌、残酷な性質を持つことが多い
    ・寄生系は地味な容貌と思慮深い性質を持つ。気に入った男性を「宿主」と見なし、長期滞在することがある
    ・寄生系を長期に渡って体内に宿した男性は老化の抑制・健康・長寿が約束されている
    ・その他、人語を話さず人の形を取らない「捕殺系」、寄生系でありながら宿主を弱らせ死に至らしめることもある「捕食寄生系」、宿主の労働力を搾取する「労働寄生系」などがある。「労働寄生系」は希少種であり寄生系の中では例外的に美しい容姿を持ち、性質もやや捕食系寄りである。その美貌で宿主を誘惑して肉体を操り、間接的に社会復帰を果たそうとする。これに関しては「人間の女のやってることと大して変わらんじゃないか」という男性側の意見も見られる。

    テーマ:奇妙な物語 - ジャンル:小説・文学

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